【朗読用台本・詩】瓶詰めの手紙
この作品は、与えられてたテーマに沿って書いた超短編集です。
読み物として、朗読用として、ご自由にお使いください。
使用される場合は、以下の利用規約を必ずご覧ください。
【時間】
時間がすべてを解決してくれると言うけれど。それは嘘だと知っている。
この苦痛、この焦燥、この後悔、この憎悪。
ぜんぶ心の奥底に焦げ付いて痕が残ってる。このコゲアトは消えやしない。
もしもそれが消えたなら。なにも跡がないのなら。それはそれで悲しいのだ。
かくして、この心臓は焦げている。
【香水】
男は香水で女を思い出す。
女は煙草で男を思い出す。
だから私は、煙のにおいであなたを思い出す。
今のあなたからは、もう煙草のにおいはしない。あなたのにおいはしない。
それは、私が知らないにおい。
「子どもができたんだ」嬉しそうにスマホの写真を見せてくるあなた。
私はとっくに吸殻だった。
【珈琲】
僕は珈琲が好きだ。1日に何杯も飲む。
人間の体の約60%は水分だといわれている。
だとすると、僕の体の60%は珈琲でできている。
湯気を立てる、黒くて苦い液体。
正義か悪でいうと悪。
希望か絶望でいうと絶望。
期待か後悔でいうと後悔。
その液体には、悪意が満ちている。
ゆえに僕は、悪意で満ちている。
【眼鏡】
私は眼鏡を肌身離さずかけている。もはや眼鏡は体の一部である。
私は眼鏡がないと生活できない。
眼鏡は眼鏡で、私にかけられないと存在価値がない。
私と眼鏡は相利共生の関係にある。
ひょっとしたら、私は眼鏡に寄生されているのかもしれない。
まあ、あんたの顔が見られるなら、それも悪くないか。
【猫】
近所の池のフェンスの向こうには、猫がいた。
水色と黄色の目をした白猫。私が通ると必ず黙って見つめてくる。
猫がツンとしているから私もツンとしてみた。
いい子を演じるのには疲れていたけれど、ツンとしてみると楽になった。
そうしていじめに耐えられるようになったある日、猫は消えた。
私はあの猫を神様と呼んだ。
【シナリオ】
これまでの人生をひとつの舞台だとするなら。私の舞台は間違いなく悲劇だった。
周りとは少し違う。誰にも理解されず、愛されない。
悲劇と呼ぶ価値もない人生だった。
ある日新しい舞台に立った。演目は悲劇から喜劇になった。
「人生にシナリオなんてない」
そう言って書き換えてくれたのは、君だった。
【レモン】
レモンの色が好き。光を吸収した明るい色。世の中を何も知らない。
レモンの形は嫌い。デキモノがあって、いやらしい。
レモンの温度が好き。頬につけると、ひんやりとした表面の穴に吸い付く感じ。
レモンの味は嫌い。酸っぱさなんて人生にいらない。口の中で拒む。
レモンは、レモンは、悪くない。
【アルバム】
卒業アルバムを開くと、発酵した思い出の匂いがした。
熱血漢だった担任も、他愛もない話をした親友も、くだらないことで喧嘩した男子も、好きだった先輩も。
皆思い出の発酵菌になっている。
みんな、毎日生きるのに必死だった。
もう食べ頃だ。
思い出を食らう。
隠し味に、君がいた。
私は君を許そうと思った。
【カメラ】
カメラで写真を撮られるのが恐かった。
魂が抜き取られるとか考えているわけではない。
撮られる度に「もしこの後事故で死んだらこの写真が遺影に使われるのだろうか」と考えてしまうのだ。
なんだか不気味だ。それでも。
葬式で悲しんでいるであろう君を想像して、写真を撮る度に私は君に微笑むんだ。
【花瓶】
花瓶は花を生けるものだ。
花を、生ける……?
花は死んでいるのに?
花の命を終わらせたのに?
花は生きていたかったのに?
ちょきんちょきん。茎を切る。
とぽんとぽん。花を挿す。
てかりてかり。花瓶に映る。
ぴかりぴかり。私の顔。
そうか。私が花を生かすんじゃない。
花が私を生かしてるんだ。
【繋ぐ】
手を繋ぐという行為が、私には恐ろしい。
手を繋いでしまったら最後、二度と離れられない。
両親も、先生も、恋人も、そうだ。私を離してくれなかった。
でも、今は違う。
手を繋ぎたい。あなたの存在を少しでも感じていたい。
あなたが握っているのは、私の抜け殻。
そうか、幽霊は手が繋げないんだ。
【見つけた】
私は透明人間。誰も私が見えない。
お父さんも私が見えないし、私が生まれた理由すら知らない。
誰かに見つけられたい。存在理由が欲しい。生きていると言われたい。
私は生きているかも、死んでいるかも分からない。
「見つけた」
「ミツカリ、マシタ…」
起動した私の画面には、あなたの笑顔が映った。
【カレンダー】
カレンダーに丸がついている。今日の日付だ。
はて、何の日だったろうか。思い出せない。
何でもない日のはずなのに、なぜ私は丸をつけたのか。
おぎゃあ。おぎゃあ。
産声が聞こえる。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
念仏が聞こえる。
そうか今日は、あの子が生まれた日。そして、あの子が消えた日。
【傘】
まこちゃんのカサはまっかっか。
カサはまこちゃんがだいすき。
あるひまこちゃんはストライプのカサをかってもらいました。
まっかなカサはおるすばん。
それでも、まっかなカサはまこちゃんがだいすきでした。
まっかなカサのこころにあめがふります。
するとまっかなカサをもつひとが。
まこちゃんのいもうとです。
カサはまっかになりました。
【都会】
都会は星空が見えないらしい。
それを聞いた私は、少し寂しいなと思った。
けど、上京して分かった。
コンビニでバイトする外国人。スタバで参考書を広げる学生。終電で揺られながら帰る会社員。
皆、夜空の下で朝を待ちわびて輝いている。だから、眩しくて星が見えないのだ。
ほら、一番星、見つけた。
【窓】
真夜中に窓を開けてベランダに出ると、隣のベランダに死体がぶら下がっていた。
この男はいつも生気のない目をしていた。
だから私はやっぱりな、と思った。
風で死体が揺れる。すると突然男は私を見てニタリと笑った。
そこで初めて気がついた。そうか。これは私なんだ。
私は手にした縄を蜘蛛の糸を垂らすように落とした。
【映画】
映画を見た。
エンドロールではたくさんのスタッフの名前が通りすぎる。
2時間の物語にすらこれほどの人間が関わっているのだとしたら。
私の人生には、どれほどの人間が関わってきたのだろう。
数えようとしたが、途方もなくてすぐ諦めてしまった。それくらいの歳になった。
エンドロールには、まだ早い。
【朝】
朝の満員電車は嫌いじゃない。一日の起動音がする。
電車が揺れる。ガタゴト。
スマホを落とす。ガタリ。
参考書めくる。パラリ。
リュックを開ける。ジリリ。
イヤホンつける。シュチャリ。
咳払いする。オホン。
くしゃみする。クシュリ。
アンウンスきて。パララ。
ドアが開いて。プシュシュ。
【音楽】
駅の階段を上るとき。私は誰かと音を奏でる。
革靴の音。カコ、カコ、カコ。
ハイヒールの音。クックックッ。
スニーカーの音。キュッキュッキュ。
ブーツの音。ぼんぼぼどん。
慌てたり止まったり強くなったり弱くなったり。
周囲の靴音に合わせ一歩踏み出す。
気付いた君が振り向いてくすりと笑った。
【夢】
夢を見た。
私は広い海に浮かんでいる。
そこには作品があって。
そこには声があって。
そこには感情があって。
そこには言葉があった。
私は紙に言葉を書くと、ガラス瓶に入れて海に流した。
この大きな海の先で、誰かがこの作品を受け取ってくれることを祈って。
それが私の夢。
これは私のユメ。
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