老いを生きるって?

昨年、87歳になっていた母を亡くしました。
 しっかり者で、涙もろく気が大きいようで小心者そして働き者の母でした。
父が8年間寝たきりの生活をして、亡くなってから母は娘達三姉妹に迷惑かけないようにとそれまで一緒に暮らしていた、統合失調症の長女と自立形の施設で暮らしていました。若い時の仕事からの無理がたたり足腰が衰えて来ても、何度も手術を重ね立ち上がって来ました。84歳の時に交通事故で足首の解放骨折した時は、主治医から「もう歩くことは出来ないかもしれない」と言われたけれど「歩けないくらいなら死んだ方は良い」と言って、再び歩き始めました。そんなたくましい母も昨年は「頭が回らない。言っていることが分からない」「段々、バカになってる」と言い私に身辺整理を託すようになっていました。
散歩にも行かなくなり、一日中テレビの前に座って居眠りをする。そんなことが続いていたいたので、尻餅を付くこともあったり、目の回りに青アザを作ることもありました。
そして7月○日尻餅を付いて起き上がれなかった事が原因で10月2日に亡くなってしまいました。入院中、意識障害を起こし生きることを諦めてしまった。そして「もう、良いんだ」と言って薬を飲もうとしない。皆に手を振って「さようなら」って言ったんです。
母は、「何のために生きているのか分からない」「役に立たなくなったら死んだ方がマシだ」と言っていました。母がいなくなり、今日娘達も遠くに引っ越します。頼りにしてくれていた人達を失いました。私はこれからどう生きて行ったら良いのでしょうか。悲しくってしかたありまん。私の生きる意味、老いが許せません。

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