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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[044]黄金の道

第2章 フヨの入り江のソグド商人
第7節 ソグド人と交易
 
[044] ■4話 黄金の道
「金属の交易は難しい。ことに、黄金きんはそうだ。いつも盗みに気を付けていなければならず、力で護るということも必要になる。それに、黄金の中にはぜ物がある。だから何よりも、その商人の信用が物を言う。
 カスピ海から東には、ラクダで渡ろうとすれば何十日も掛かるような広々とした草原が広がっている。それがカザフの草原だ。
 そこを通ってアルタイ山脈の北に向かう道が昔から使われてきた。前に話したアッシリアの人々が、千年以上も前にきんを求めて開いた路で、黄金の道と呼ばれていたそうだ。わしも若い頃に一度だけ通ったことがある。長い長い道のりだった……。
 いまも昔も、人はアルタイの金を目当てにそのような遠い道のりをわたって行く。金がどれほどのものか、お前にも想像がつくだろう?」
「そうですね。きんはまだ見たことがないですが、人の心を引き付けるというのはれにもわかります」
「わしはもう金を扱うことはないが、昔は、銅や鉄などの金属とともに扱っていた。はがねはいまもときどき商っている」
「ハガネ、ですか?」
「ああ、鋼だ。鉄を鍛|《きた》えて作る」
 ――鉄をキタエル? 前に、土と同じで鉄もいろいろだと思ったことがある。そうか、鉄と鋼はもとになるものは同じで、しかし作り方が違うのだ……。岩木山で鬼のを探したときにカケルが話していた黒金くろがねはどっちの鉄なんだろう?
「お前の腰にある小刀はカケルにもらったものか?」
「はい」
「ならば、息慎ソクシンの入り江で求めたものだろう。それはこのフヨで鍛えた鋼でできている」
「……」
 ヨーゼフはさらに詳しく語った。
舟長ふなおさのミツルのことは話しただろう?」
「アマ国からダーリオの便りを届けた人ですね?」
「ああ。そのミツルが、コメと替えるのにいいと言うので、商いを通して知り合った鮮卑の騎兵に案内を頼んで鉄窯てつがま鍛冶場かぢばを探したことがある。その騎兵というのは、いま、この蔵の守りを任せているクルトだ。
 ミツルがもっとあればいいのだがと言うので、その後もフヨと鮮卑センピを商いで回るときには気に掛けていた。それがハヤテに伝わり、いまではカケルと取引するようになった」
「鉄には、ただのてつと、それとは別にはがねというものがあるのですね?」
「そうだ。そして、鉄はありふれていてどこでも見つかるが、いい鋼の在り処ありかを探すのは難しい。鍛冶場といって、何人も集まって炭火を焚いて鉄を熱し、鍛えている場所まで行かないと見つからない。それに、フヨにはフヨの、鮮卑には鮮卑の鋼がある。鉄の鍛え方は鍛冶場ごとにも違う」
 ――鋼のうちにもなお、いろいろと違いがあるのだ。やっぱり土と同じだ……。けれど、センピというのはどこのことだろう?

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