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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[045]インドと玻璃(ハリ)

第2章 フヨの入り江のソグド商人
第7節 ソグド人と交易
 
[045] ■5話 インドと玻璃
 そろそろカケルがハンカ湖から戻るかというある晩、ヨーゼフが言った。
「お前の探す器は、あるいは、インドに行けば見つかるかもしれない」
 インドという言葉はこれまで何度か耳にした。バクトリアの南にある国の名前らしい。最初の晩の地図を持ち出して来て、一番大きな丸の下にあるやや小さな三つめの丸を指した。そこがインドで、その南にはどこまでもダリャーが広がっているという。
 最初の夜に手にしたペルシャで作られたという透き通る器もじっくりと見せてくれた。見入っていると、奥の部屋から大小の器を持ってきて、ナオトの目付きが変わるさまをじっと見てから、「これらも同じく玻璃ハリだ」と言いながらそろりと手渡した。
 青と赤の透き通る器だった。そのとき、青い方が油を燃やすあかりのほの明るい光を反射して、一瞬、きらっと光った。
 ――きれいだ……。
「その二つはペルシャ渡りではない。わしが同族の者に注文して、このフヨの南で作らせた。もとは弟のダーリオが他の何人かとやっていたかまだ」
「えっ、窯? この器は窯で焼いたのですか?」
「ああ、そうだ。作り方は土の器とはずいぶん違うが」
「そうなんですか。火で焼くのか……」
「……。今夜は少し蒸し暑い」
 と、ヨーゼフが言い、二人で外に出て風に当たった。星が瞬いている。
 フヨの入り江の南のやや高くなった一角に住まいする人々は、南から来た者たちだとヨーゼフが教えてくれた。指差す方に目を転じると、星明りの中で、連なる山が遠くに黒く見えている。二つ並んだ高いいただきがどうにか見分けられる。
 ナオトは、この地に足を踏み入れたときから、あの岩山の先には何があるのかと気になっていた。そういう性分なのだ。
 ――北も南も見てみたい。それに西も……。そのうち、あの森を越えて西に行ってみよう。

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