80のジイさんも言いたい、ヨーカ堂はなぜ衰退したの?
寒さが一時戻って、朝5時に起きたら5度でした。お茶を一杯飲んでいつもの散歩に出てみると、途中の並木は桜が二分咲きで、温度計を持たない桜の木は確実に気温の上昇を認識しているようでした。
このところ、信じられないニュースが立て続けにレポートされていますが、80のジイさんから見ると、大きな記事が「ヨーカ堂店舗2割削減」です(3月10日、日経新聞)。 イトーヨーカドーはスーパーのお手本のような会社で、創業以来、売り上げ、収益を順調に伸ばし、ダイエーや西友などのライバルが次々と消えていくのを横目に見ながら、悠々と経営をしていた優良企業だったのです。
記事はこう書き出していました。
「セブン&アイ・ホールディングスは9日、総合スーパー、イトーヨーカ堂の店舗を2026年2月末までに2割削減すると発表した」と。
続けて、
「グループ発祥のアパレル事業からは完全撤退する。ヨーカ堂は22年2月期まで2期連続赤字を計上した」と。
「ヨーカ堂の22年2月期の最終損益は112億円の赤字」だとのことでした。
あのヨーカ堂が!!!です。
別な記事にはアパレルの最先端を走るユニクロの台頭を理由に挙げているのを読みました。つまり、同業他社との競争に敗れた、と言う感じなのでしょうか?
確かにそれはあるでしょうが、ヨーカ堂の衰退はもう少し大きな世の動きによるものではないかと思われるのです。その証拠の一つに、デパートの凋落と復活の物語があります。
デパートの衰退は誰の目にも明らかになり、いっとき、大型の合併が続きました。合併に取り残されたデパートの西武、そごうは閉鎖に追い込まれましたし、東京・池袋の象徴的存在だった西武デパートの閉店はその後に問題(ヨドバシカメラが出店するしないで)が起きています。千葉県・柏市の駅前に堂々と構えていた柏・そごうの閉店には涙を流した地元の人もいました。
ところが、最近そのデパートが復活してきているというニュースが出てきているのです。衰退するデパートと復活するデパートが並立している混沌とした状況は、復活しているデパートが客スジを「富裕層」と「外国からの観光客」に絞り込んできたことによるという分析が発表されています。かつてデパートは買い物があろうとなかろうと日曜日に家族が揃って店に行き、何も買わなくても屋上の遊園地で遊んだり、あるいは、屋上のビアガーデンでお父さんたちが「ドロレス・ショー」を見ながら奇声を上げたりしていたところです。
今は9階のレストラン街直行の奥様方、地下食品売り場直行の会社帰りの女性が目立つくらいでデパートはいつ行っても客の数より店員の数の方が多い、それもテナントの派遣店員という姿に変身していました。
そこへ持ってきて、さらに、お客を「富裕層」に絞りこんだとなると、デパートは庶民には用無しの場所になっていくでしょう。いま、新宿の小田急デパートは大改装に入っています。2025年頃のオープンを予定しているようですが、想像するに庶民には関係のない存在になっているかもしれないのです。
かく申す私ですが、この5年・7年の間にデパートで買い物をした記憶がありません。トシのせいかもしれませんが、デパートで買うものがなくなっています。「百貨店」のはずが「私の欲しいものが何もない」店になっていました。どこで買い物をしていたかと言うと、ユニクロです。
私たち高齢者世代にとってのユニクロは「それを着ていることがバレると恥ずかしい」存在でした。ところが今や、ユニクロは「誰も恥ずかしがらない」存在になってしまいました。国民全体の生活のレベルがデパートからユニクロへと変化したのでした。そして、最も恐ろしいことはそれが当たり前になっていることです。
最近「ワークマン」と言う店が日の出の勢いで売り上げを伸ばしています。私の職場の近くにも小さな店がありましたが、以前は職人さん達が作業着を買いに行く店でした。軍手なども売っていました。今では若者のタウン・ウエアーの店です。ユニクロからさらにワークマンへと変化したのでした。
無理矢理図式化すると、
デパート→富裕層
ユニクロ→庶民層
ワークマン→若者層
となるのでしょうか?
こういう間隙を塗って「MUJI」と言うコンセプトで入り込んでいる「無印良品」があります。ここは衣類の専門店ではなく、生活用品(包丁や鍋・かま)、寝具、服飾など雑多に取り揃えています。
雑多の典型といえば「ドンキ」もあります。お菓子や乾物まで取り込んでいます。そして、極め付きが「100均ショップ」ダイソーやセリア、キャンデューときます。
日本の国民にとってハッキリしているのは、デパートで買い物をする経済力がなくなったと言うことです。気がついてみたらいつの間にかスーパーで食品以外の物を買う経済力もなくなっていました。衣料ならユニクロ、そこもダメならワークマン、小洒落ていて価格的に手頃なものは無印、何かわからないけど買い物するにはドンキ、店の中をぶらついて「衝動的にお買い物」しても100円+10円で済む店。
ここに生活を依存する形になっていたのでした。
イトーヨーカ堂はそれらのどの分野にも手を差し伸べることができず、衰退したのでした。
〈表紙の写真はチョンノンシー駅前のタイ料理店・レック〉