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そして、本は笑うー近世崎陽異説譚ー【連載部門 第一話】

多くの建物が倒壊し自分が火に包まれている。
周りには多くの死体が見える。まさに地獄絵図
雪之丞「うああああああああ!!!!」
恐怖に慄き、声を上げると目が覚めた。
急いで自分の体を確認する。
雪之丞「夢、か?」
こんな夢が続き雪之丞は寝不足状態である。
外では、オランダ船の来航を告げる空砲の音がこだましている。

江戸時代、長崎。
寛永12年、所謂鎖国政策の一環で日本人の海外渡航、および在外者の帰国が禁止され禁を破った者は死刑とされた。
そんな中、長崎は幕府公認の唯一の海外貿易港としてオランダ並びに中国と貿易を行うことが許された。
幕府は貿易のための滞在場所として、オランダ人を出島に中国人を唐人屋敷を限定し、ここに留め置くこととした。
そんな中、異国の人々と商売する上で重要なのは、まず「言語」である。

季節は旧暦7月。偏西風に乗って
オランダ船が寄港する。賑わう出島。

阿蘭陀通詞小頭見習(下級の通訳)の名村雪之丞は、砂糖袋と重りが大天秤にかけられているそばで、自身の仕事に励んでいる。
カイ(オランダ商館次席)「ユキ、数字を見せてもらるかな。」
雪之丞「はい、カイ様。」
カイ「やはり、銅の価格が上がってるなあ。」
雪之丞「そうですね。」

オランダ通詞をはじめ、日蘭貿易に従事するものたちはこの時期大変忙しい。
通訳の仕事をこなしつつ貿易の記録、荷物の交渉その他雑務までこなさねばならない。
オランダ通詞次席で阿蘭陀商館のNO2であるカイとは小さい頃からの馴染みで、雪之丞は軽口をたたきながらやりとりをしている。
カイはスマートな金髪の紳士である。年齢は30半ばで貫禄が出だした頃。日本人たちにも礼儀正しく接する。

ふと、カイは日本側の人足(日雇い労働者)を見て呟く。
カイ「彼、見ない顔だね。」
雪之丞「あ、確かに」
出島に出入りする人足はそれぞれ「株」を持っており、「株」があるかぎり代々その仕事に従事することができる。
「株」は売買することもできるため、人が入れ変わることも珍しくない。
雪之丞「前の人足が食い詰めて、株を売ったんですかね。」
カイ「しかし、最近人の入れ替わりが激しいような。知らない顔が増えたよ。」
雪之丞「まあ人足の入れ替わりはよくありますから。」
カイはどこかスッキリしない顔をする。
カイ「あ、ユキ」
カイは何かを思い出したように雪之丞に耳打ちする。
カイ「この後、時間あるかい?面白いものが手に入ったから、君にも見せたくてね」
雪之丞「本当ですか!」
雪之丞の顔が輝く。彼は、異国の珍しい品を見るのが大好きなのである。

オランダ側の職員が慌ててカイに話しかける。
職員「次席様、荷が一つ足りません。」
カイ「なんだって?ユキ、すまないがちょっと行ってくる。」
雪之丞「は、はい!」
別のオランダ側の人間が雪之丞と天秤で荷物と銅の比率を記録しだす。

雪之丞「あー、ついてねえ。まさか、重りが足りなくなるなんてな。」
今回は大きな荷物があり、準備した重りではわずかに量が足りなかった。
雪之丞は、オランダ人水夫に頼まれて倉庫の重りを探していた。
雪之丞「こう荷物が多いと整理されていてもなかなか出てこない・・・ん?」
道具と道具の間にオランダから運び込まれた荷物が一つ置いてある。
雪之丞は輸入品の明細一覧を見ていたので荷物は把握している。しかし、この箱は記憶にない。
というより、他の荷物に比べて異質なのだ。
木箱に入ったそれは、開封を避けるように割印や荷札が貼っている。
出島に入ったものは、全て中身が改められるため、この荷物が開けられていないことがわかる。
その状態で、ここに荷物があると言うことは抜荷(非公式の個人貿易)目的の可能性があり、露見すれば貿易に携わっている人間たちはただではすまない。
死罪もあり得るほど、抜荷は重罪なのである。
雪之丞「・・・中身確認すっか」
これが、アヘンなど御禁制の品であれば人目の多い場所で開封すると、大騒ぎになる。まず、中を見ようと考えたのだ。
雪之丞(めんどくさいものじゃありませんように!)
雪之丞が荷を解くと、そこには一冊の本があった。どうやら西洋の本らしい。
雪之丞「わあああああ!!!!めんどくさいやつ!!!!!まさか切支丹関係じゃねえよな!!!」

アヘンに並ぶ面倒臭い御禁制の品にキリシタン関係の資料がある。
雪之丞は一息つき、思い切って本を開く。
雪之丞「へ?」
そこには何も書かれていなかった。言わば全て白紙の本だったのである。
雪之丞「あーびっくりした。真っ白な紙じゃないか。しっかし、なんでこんなところに紛れ込んで・・・」
次の瞬間、雪之丞は瞠目する。
突然、紙にオランダ語で文字が浮かび上がったのである。
そこにはオランダ語で「私を読んで」「あなたの身が危ない」「後ろに敵がいる」と書かれていたのである。
雪之丞は、文字を読むと後ろを振り返る。
そこには、人足らしい日本人がおり、棒を振るって殴りかかってきた。
雪之丞は頭を殴られる。
人足「っ、余計なことを!」
男は本を奪うと逃げていく。

バンっ!

雪之丞は懐に隠していた拳銃で男の足を撃った。
雪之丞「くっそ・・・」
オランダ人も出入りする出島でトラブルがあった場合にすぐ対処できるように、雪之丞たちは拳銃の携帯を秘密裏に許可されていた。
人足「がっ、予知の本・・・が・・・」
雪之丞の射撃の腕はなかなかのもので、男は倒れる。そして、雪之丞も倒れてしまう。

雪之丞は夢を見る。
夢はいつもとは違う。江戸時代とは違う現代的な服装の雪之丞。彼は友人と話をしている。
友人「1800年代は特に長崎ではいろんな事件が起こってるんだ。」
雪之丞「はー、関心ないわ。甲斐先生なんで受験に出ない話試験に出すんだよ。」
友人「俺は、面白いと思うけどな。自分が住んでる街の歴史。」
雪之丞「俺はこんな小さな町、早く出て行きたいけどな。」
雪之丞「広い世界を見てみたいんだ。」
友人「なら、勉強頑張れよ。世界を旅するなら、なおのこと知識はあったほうがいいからな。」
友人は雪之丞に試験対策のノートを渡してくれる。
ノートを受け取ると周囲は火に包まれる。
いつもの燃え盛る瓦礫の中に雪之丞はいた。
友人は近くで燃えている。

悪夢から目覚め跳ね起きる雪之丞。
気づいた場所は、オランダ商館の医務室であった。
雪之丞「・・・ん?」
起き上がると自分の懐に何かがあることに気づく。
雪之丞「なんで・・・?」
雪之丞の懐から出てきたのは、人足に襲われる前に見つけた本だった。
これまでの記憶を辿る雪之丞。
なぜ、本が回収されずに自分の手元にあるのかわからず混乱する。
すると本の表紙に文字が刻まれる
冒険者の本「この本を開け」
雪之丞「ひい!」
表紙にはさらに文字が浮き出る。
冒険者の本「私は冒険者の本。賢く勇気あるものを導く者。」
思わず雪之丞は本を投げてしまう。
雪之丞「物の怪の類か?」
そのままにするわけにもいかず、雪之丞は本を覗き込む。
冒険者の本「外に出たいと願っているだろう?」
雪之丞「・・・!?」
雪之丞「なんで、知ってんだよ!」
誰にも言ったことのない、無謀な夢を言い当てられて雪之丞は驚く。
本は続ける。
冒険者の本「君は、鎖国されたこの日ノ本を離れて世界を見たいとずっと願ってきた。それが無理だとわかっていても。」
冒険者の本「西洋の最先端の技術、医療、文化・・・君はその断片を身近に見てきたからこそ憧れているんだろ?」
雪之丞は押し黙る。
冒険者の本「無言は肯定と捉えていいな。」
冒険者の本「私なら君の願いを叶えてやれる。」
雪之丞はこの一文に瞠目する。
雪之丞「無理に決まってる、海外への渡航は国禁、捕まれば死罪だからな。」
冒険者の本「でも、君は、死んでもいいから海の向こうに行きたいと思っているだろう?」
外で鳥が鳴いている。しかし、その音も聞こえない。
雪之丞は、この不思議な本に心の奥底を覗かれた気持ちになる。
冒険者の本「ここ長崎に文政8年10月7日に集まった「招待者」は会議に参加することが許される。」
雪之丞「・・・え?」
冒険の本「その中で、「招待客」が合議し、願いを一つ決めれば、それを叶える奇跡が起こる。」
雪之丞「願いが・・・叶う?」
冒険者の本「そう。どんな願いでも叶う・・・それはまさに奇跡。」
冒険者の本「この会議に参加するためには、招待券がいる。それが・・・私だ。」
雪之丞「・・・」
冒険者の本「自己紹介がまだだったね。私は‘冒険者の本’。勇気と知恵のある者と伴走するもの。」
冒険者の本「そして、これまでとこれからの歴史、人の心、真実・・・全知を知るもの。」
雪之丞「全知・・・を、知る者。お前は、何もかもがわかるっていうのか!」
冒険者の本「ああ、そうだ。・・・本たちは招待客を選ぶ権利がある。」
冒険者の本「名村
雪之丞、君には夢があるはずだ。どうだい、私に選ばれたいんじゃないかい?」

トントントンと部屋をノックする音がする。
カイ「目は覚めたかい、ユキ?」
カイが部屋に入ってくる気配に雪之丞は慌てて本を隠す。
雪之丞「か、カイ様!痛って!」
カイ「ああ、雪之丞。無理に動かなくていい。暴漢に襲われて怪我をしているんだ。」
雪之丞「暴漢・・・」
話を聞くと、雪之丞は人足に襲われて金を奪われ、正当防衛で相手を撃ったことになっているという。
雪之丞「あの、カイ様。」
雪之丞は、本のことを言い出そうとするが、先ほどの本の誘いが頭をよぎる。
カイ「ん?なんだい?」
雪之丞(俺は、通詞として荷物のことを言わなくてはならない、でも・・・。)
カイは雪之丞の頭をポンと撫でる。
カイ「頭を殴られて記憶に障害が出ているのかもしれない。君の上司には私から言っておくから、少し休んで行きなさい。」
雪之丞「あ・・・ありがとうございます。」
カイは部屋から去っていく。
カイに隠し事をしてしまったことを後味悪く雪之丞はおもう。
そして、慌ててノートを見るとそれは白紙になっていた。

雪之丞「あー疲れた。」
あのあと、雪之丞は長崎商会と奉行所にこってり事情を聞かれ、ようやく解放されていた。
下町に借りた町屋の一間に戻ってきたのはさっきのことである。せんべい布団に寝転がる。
雪之丞は懐を漁り、冒険者の本を改めて確認する。
本をめくっても何も書かれていない。白紙のページが続く。
雪之丞「夢でも見てたんかな。最近寝不足だし。」
突如、冒険者の本に文字が浮き上がりだした。
雪之丞は飛び起きる。
冒険者の本「外を見ろ。」
雪之丞は指示通りに外を見る。そこには花模様の着物を着た少女がいる。
冒険者の本「花模様の着物を着た少女がいるな。その娘は今から暴れ馬に蹴られるぞ。」
雪之丞「なっ!」
雪之丞は慌てて家を出て、表通りの少女のもとに向かう。
馬の持ち主「そいつを止めてくれ!」
少女に向かって馬が突進してくる。
雪之丞は、寸前で少女を抱きかかえ転がることで馬を避けた。
雪之丞「大丈夫か!」
少女は震えてうなずく。
雪之丞は足を負傷していた。

雪之丞は部屋に戻り、そのまま冒険者の本を開く。
冒険者の本「君は、私を信じ切れていないと思ってね。少し力を披露してみたよ。」
雪之丞は真剣な顔で尋ねる。
雪之丞「俺は、どうすればいい?」
冒険者の本は罠に獲物がかかったと感じている。
雪之丞「お前の力は本物だ。お前の言う会議ってやつに行きたい。」
雪之丞「願いが・・・叶うんだろう?」
冒険者の本「信じてもらえてうれしいよ。でも、私が招待できるのはただ一人なんだ。優秀な人間と契約を結びたい。」
冒険者の本「そうだな、君を試験しよう。」
冒険者の本「私は今から明日一日の間に3回君の質問に答えよう。ただし、そのうち1回は嘘だ。それに惑わされずに君が生き残ることができたなら、私は君と契約しよう。」
雪之丞「生き残るって・・・俺は命でも狙われてんのか。」
雪之丞は不用意に質問してしまう。
冒険の本「まず、一つ目だ。銃をとれ。私を奪おうとするものに君は命を狙われている。」

暴漢たちが話をしている。
暴漢1「おい、この部屋にあるんだな!」
暴漢2「ああ、お頭の言うことに間違いねえよ。」
暴漢1「へへへ、よくわかんねえが金目のもんらしいな。」
雪之丞の部屋は2階なので塀を伝って、3人は雪之丞の部屋に押し入る。
暴漢1「おうおう、留守か?」
暴漢たちは、部屋を荒らし出す。
雪之丞は押入れに隠れており、暴漢が扉を開けた瞬間に銃ではなく棒で1人を沈めた。
雪之丞(人間が一発で気絶する場所はまず、鳩尾!)
雪之丞は暴漢たちを倒していく。
雪之丞(逆上した相手は猪のように突進してくる。)
真っ直ぐに棒をむけ喉を狙う。
そのまま、もう一人の暴漢も沈める雪之丞。
雪之丞「あーあ、さっき奉行所から帰ってきたってのに、またご厄介になるのかよ。」
本の表紙に文字が浮き上がる。
冒険者の本「お前は強いな。なぜ、銃を使わなかった。」
雪之丞「こんな狭いとこで銃使ったら、後々奉行所に届け出る時に面倒臭くなる。一応銃も黙認されてるだけで、持ってちゃいけないもんだし。」
冒険者の本「・・・君は面白いね。」
雪之丞「そりゃどうも」
雪之丞は暴漢の顔を見る。
雪之丞「・・・あ、こいつ、出島の人足じゃねえか?」
暴漢の腕には特徴的な蛇の刺青があった。
騒ぎの音を聞きつけた、下の階のおじさんが慌てて二階に登ってくる。
1階のおじさん(隈さん)「おいおいおい、雪!2階でドタバタしてんじゃねえぞ!っておい・・・」
雪之丞「ああ、隈さんすまねえ。奉行所に通報してくんねんかな?」
雪之丞はそのまま、もう一度部屋で本を開く。
雪之丞「俺の家を特定してるのは、内通者が長崎にいるってことでいいんだよな。それは誰だ。」
冒険者の本の書いた名前に雪之丞は瞠目する。
冒険者の本「2つ目の答えだ。それは、カイ・フォン・ホーゼマンだよ。彼が、今回の件に関わっている。」

奉行所の一室に呼び出された雪之丞。
雪之丞「今回も正当防衛のはずなんだけどな」
目の前に肌の白く若い美形の武士が座る。
町人である雪之丞は、平伏する。
ここで、男は無感情な顔をしている。
信乃「良い、面をあげろ。お前に聞きたいことがある。」
信乃「お前は、昨日立て続けに命を狙われているな。心当たりはあるか。」
雪之丞「…心当たりはありません。一度目の人足に襲われた時に、目をつけられたのでしょうか。」
信乃は「ふむ」と考えると喋り出す。
信乃「私は与力の柏木信乃。江戸からとある任務で長崎に派遣されている。・・・お前を襲った下手人は、江戸を騒がせている盗賊一味だ。」
雪之丞「へ?」
信乃「仲介人から出島の人足の株を買って、中に潜入したというところまで情報を掴んでいる。」
雪之丞「・・・下手人の腕に蛇の刺青があるのを見ました。」
信乃「まさに、盗賊蝮一家の証だ。あいつらは、何人も江戸で商家を襲撃し皆殺しにしている。」
厄介な相手に目をつけられたと絶句する雪之丞。
雪之丞(本の言った命を狙われてるってのはこれか。)
信乃「それを撃退するとは・・・さすが、長崎の人間だな。荒事になれている。」
 
雪之丞(面倒なことに巻き込まれたな。)
雪之丞は信乃の高圧的な態度を思い出して気に入らないと思う。
雪之丞「武士は気取ってやがる。」
雪之丞は自身の身分にコンプレックスがある。
雪之丞は、元々内通詞(オランダ人の個人的な手伝いをする通詞)の息子で通詞の出世の本流から外れていた。親戚は大通詞を務めた者もいる名家。そんな家の子息にも負けない程の語学力を血を吐くような努力で身につけ、特例として稽古通通詞見習に引き立てられた。
それでも、努力ではどうしようもないことも多い。
13歳のころ雪之丞の母親が流行り病で重篤に陥った。
当時、長崎に視察に来ていた隣国の若君が同じ病になり、医者が大勢召し上げられてしまった。
なじみの医者は申し訳なさそうに泣きつく雪之丞に言った。
医者「すまないな、雪之丞…命には順番があるんだ。長崎で患った病で隣国の若君が亡くなったとなれば、責任を問われる人間が多く出てくる。」
そう言って去っていった。
雪之丞はこの時、自分が日ノ本に生まれたことを酷く憎んだ。
雪之丞「どんなに努力しても、どんなに真面目に生きても、ここには不条理が満ちている…!生まれで生き方も命の長ささえも決まってしまう。」
そこに、カイと商館医のフランツが別の用件で尋ねてきた。
泣く雪之丞に驚いた二人は、母親を健診してくれた。
別棟に隔離されている、雪之丞の母親を見るとフランツは青い顔をする。
フランツ「おいおい、ありゃコレラの症状じゃねえか?」
慌ててカイとフランツは予防をした上で母親を診察し、調合した綺麗な水を飲ませた。
その後、カイとフランツは母の治療をしてくれる。
雪之丞「これは…」
カイ「点滴…?というらしい。フランツは独創的な治療法を発明する天才なのさ。」
カイ「見慣れない治療に心配かい、ユキ。」
雪之丞「・・・はい。」
カイ「しかし、これは最後の手段なんだ。こうしなければ遅かれ早かれ君の母上は死んでしまう。」
カイ「幸福は大胆な者に味方するものだ。君の神を信じなさい。そうだ・・・」
カイは懐から何かを取り出す。
カイ「ユキ、口を開けて。」
カイは雪之丞の口に飴を入れる。
雪之丞「これは・・・」
カイ「母上のために頑張った君へのご褒美だ。」
雪之丞はカイの優しさに我慢していた涙がこぼれる。カイは雪之丞にずっと寄り添ってくれた。
この治療法のおかげで母親は危機を脱し、奇跡的に回復した。
これをきっかけに、雪之丞は西洋の医学、科学などに惹かれるようになる。
そして、心の恩人であるカイを尊敬し西洋に憧れるようになった。
しかし、雪之丞は分かっていた。国禁である限りこの国から出ることはできないことを。

帰り道で昔の思い出を振り返っていると、不意に後ろから殺気を感じる。
周りを見ると複数の男たちに囲まれていた。
雪之丞「全く、しつこいやつは大っ嫌いなんだが。」
雪之丞はその場にいた数人を蹴散らしたものの、少女を救って捻った足が痛む。
肩で息をしていると、更に周りに男たちがいることに気づく。
雪之丞「・・・これはまずいかもな。」
雪之丞が気がつくとボコボコにされて、縄に縛られていた。
長崎人が立ち入らないような山の上に盗賊たちは身を潜めていた。
盗賊1「おうおう、随分手間かけさてくれたじゃねえか。」
盗賊2「へっ、大人しくしときゃボコられなくて済んだもんをよお」
盗賊2に殴られる。
蝮「おい、てめえら、客人だ程々にしとけや」
そう盗賊を制したのは、親分の蝮だった。
さすがに雪之丞も身を硬くする。
蝮「おい、兄ちゃん。あんた出島で本を見つけただろ。よこせ。」
雪之丞「なんで、盗賊が本のことを・・・?」
蝮「ああ、俺も持ってたんでね・・・予言の本を」
雪之丞「予言・・・?」
蝮「この本たちは随分と俺たちを儲けさせてくれた。盗みがしたいと相談するんだ、すると1番適した儲け場所を教えてくれる。それになあ、手口にも助言をくれるんだ。おかげで俺らは安全に仕事ができるってわけ。」
雪之丞「ハッ、ならそのまま江戸で仕事しときゃいいじゃねえか。いくら海外貿易の中心地だってこんなクソ田舎じゃ景気のいい店ほとんどねえよ。」
蝮「ああもっともだ。しかしなあ、本が長崎に着いたらこのきれっぱしを残して消えちまったから仕方ねえ。」
蝮は紙を見せてくる。そこには、「長崎の出島の阿蘭陀商館に別の本がある。私は愛想が尽きたからここでお別れ。」と書かれていた。
蝮「俺らは商売道具がなくなっちまって大慌てよ。まあ、代替品を教えてくれたんだからいいんだがよ。」
蝮が雪之丞を殴る。
蝮「それが、おめえが横槍いれたせいで、本は手に入らないは、江戸からの邪魔者はくるわでこっちゃ大迷惑さ。」
雪之丞「カハッ」
蝮「お前本ネコババしてんだろ?本のありかを吐け。」
雪之丞「なんのことやら・・・」
更に殴打される雪之丞。
雪之丞が口を割らないため、蝮は焼いた鉄の棒を見せる。
蝮「お前がそのつもりなら、こっちにもやり方ってもんがあるぞ。」
雪之丞の悲鳴が響く。

雪之丞の住む町家
盗賊1「すみませーん、名村雪之丞さんに頼まれて荷物を取りに来ました。」
隈さん「ああ、雪の知り合いかい。」
盗賊2「へえ、ちょっと急ぎでして・・・その井戸を見せてもらえますか。」
隈さん「はあ、どうぞ」

雪之丞の捕まっている山
盗賊1「お頭、ありましたぜ。」
盗賊2「町家の共有井戸に隠してるとはね。」
拷問されてボロボロな雪之丞は虫の息だ。
蝮「どれどれ」
蝮が「冒険者の本」を読む。するとそこに文字が浮き出る。
蝮「なっ、読めねえじゃねえか!」
それはオランダ語で蝮には解読することができなかった。
激昂する蝮。
蝮「どうしろってんだ!」
雪之丞はニヤリと笑う。
雪之丞「俺、それ読めますよ。」
蝮「あん?」

盗賊たち(20人程)は船で高鉾島に上陸する。
蝮「この島に宝があるのか?通詞の兄ちゃん。ヘマしたら命はねえぞ。」
雪之丞「ああ・・・こっちです」
雪之丞を先頭に山道を進む。
奥には洞穴があった。
蝮「へへへ、それっぽいとこに来たじゃねえか!」
奥に入るとそこには大量の武器や火薬などが置かれていた。
金銀財宝とは言えないが、盗賊行為をするのは有益なものばかりであった。
蝮「おうおうおう、まあ宝とは言えねえがこれから宝を奪うにはいいもんバッカじゃねえか。さすが本様だ。分かってやがる。」
雪之丞はぐったりした振りをして冒険者の本に尋ねる。
雪之丞「おい、この状況を打開するにはどうすればいい。」
冒険者の本「逃げるなら今だ。東に走ると二股の道が現れるから右の道にいくと君は助かる。左は崖だ。」
雪之丞はフッ笑うと、本をつかんで走り出す。
盗賊1「なっ、お頭!あいつ逃げましたぜ!」
盗賊2「本を持ち逃げしやがった!」
蝮「ああん?!早く捕まえろ!」
何人かが追いかけていく。
蝮たちが武器を運ぼうとした時、突如光がさす。
佐賀藩士「貴様ら何をやっている!ここは佐賀藩が管轄する長崎警備(長崎港の防衛業務)の台場なるぞ!」
佐賀藩士「藩主様から御拝領された、武具をどうするつもりだ!!」
盗賊たちは慌てる。雪之丞に騙されたということがここでわかる。

雪之丞は怪我した体を庇いながらも走る。盗賊の一部も追いかけてくる。
雪之丞は本の言葉の意味を考える。
残された、2つの質問のうち、一つは内通者がカイというもの。一つは道が二股にわかれており右に行けというものだった。
雪之丞は前者が嘘だと思っている。しかし、もしもカイが本を持つ招待客であったら。雪之丞が本を持ち出したと疑って、盗賊たちを差し向けていたら。頭のいい彼が大きなことを起こそうと江戸の暗い人間たちと内通していたら。
雪之丞は嫌なイメージが脳内に多く浮かんでしまう。
雪之丞(やめだ。まず、逃げるのが先、二股の道の真実が分かればこの疑惑は晴れる。)

雪之丞は二股の道にさしかかる。
直前まで雪之丞はどちらに行くか迷う。
本が真実を言っているのか。嘘なのか。カイは内通者なのか。
葛藤の末、冒険者の本のいう通り、雪之丞は右に走る。
盗賊たちはそのまま雪之丞を追いかけたまま、林を抜ける。
林の先を勢いよく抜けるとそこには崖になっていた。
そこには、雪之丞の姿はない。
盗賊たちは勢いを殺せずにそのまま崖を落ちていく。
雪之丞は、道の途中の林の木にぶら下がって隠れていたのである。
雪之丞「…右が崖だった。つまり…カイ様は。」
雪之丞の脳裏に困難な特にいつも支えてくれたカイの姿が思い出される。
雪之丞「俺は…カイ様を信じ、たい。」
雪之丞が木から降りると、銃の弾が脇腹に当たる
正面には蝮が雪之丞を捕まえた時に奪った拳銃を構えている。
雪之丞は膝をつく。
雪之丞「・・・絶体絶命」
蝮「てめえ、騙しやがって!!」
蝮が迫り、雪之丞にとどめを刺そうと銃を構える。
雪之丞は思う。俺はここで死ぬのだろうか。外の世界を見ることもなく、知識を蓄えることも活用することもなく、何も知らずに死んでいくんだろうか。
それだけは絶対嫌だ!そう雪之丞は強く思う。
雪之丞「俺は」
蝮「あん?」
雪之丞「俺は世界を知りたい!」
雪之丞は冒険の本を崖のほうに投げる。
蝮「な、なにしやがる!!」
本は崖のもう一歩手前に落ちる。風にあおられれば下に落ちかねない場所である。
蝮は慌てて本を取りに走り、掴むと安心して振り返る。
雪之丞は蝮の顔面に砂をぶつけ目をつぶし、石で殴打する。
それでも蝮は、銃を連射し暴れる。
バンっ!と音が聞こえる。蝮はその場に崩れ落ちる。
その後ろにはカイが拳銃を構えて立っていた。彼が撃ったのだ。
雪之丞「カイ・・・様、なんで」
原則、出島の外に出ることができないカイがなぜここにいるのか、雪之丞にはわからない。
カイは雪之丞の頭を撫でる。
カイ「雪之丞、よく頑張ってくれたね。」
そのまま、雪之丞は気絶した。

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