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そして、本は笑うー近世崎陽異説譚ー【連載部門 第三話】

雪之丞は自室で煎餅布団に寝転がっている。
思いだすのは、冒険者の本が言った、招待客の潰しあいの話である。

冒険者の本「君の願いは、人を殺しても叶えたいものなのか?」

この言葉を何度も思いだすが答えを出せずに、冒険者の本は行李(日用品を入れる箱)に入れっぱなしになっている。

雪之丞は怪我が回復し、勤務に復帰する。
今日は、阿蘭陀商館の手伝いで事務作業をしている。
カイ「ユキ、復帰早々すまないね。」
雪之丞「通常の仕事はできないので…お手伝いできてよかったです。」
カイ「人手が足りないから助かるよ。」
ドアがノックされる。
レヴィ「カイ、停泊中の船から食料の追加の希望が出ている。」
カイ「ああ、リストを見せてくれないか。」
レヴィはカイの用心棒だ。現在、事務員不足のためカイに仕事を教えられ手伝いをしている。
少々陰気な男だが恐ろしく強く、様々な伝説を持っている。
再度、ノックの音。
愛宕「失礼いたします。皆さん、コーヒーはいかがですか?」
カイ「ああ、いただくとするよ。みんな休憩しよう。」
彼女は、遊女の愛宕。丸山遊郭では、日本人、中国人、オランダ人を相手にする遊女がいる。彼女はカイの専属で、身の回りの世話もする妻のような役割を持っている。
休憩中、雪之丞はカイにお使いを頼まれる。
カイ「奉行所にこれを届けてくれ。」
雪之丞「はい!」

奉行所へのお使いが済んだ雪之丞。
信乃「ん、名村か?」
そこには、信乃が立っていた。
雪之丞「柏木様。ご無沙汰しております。」
信乃「蝮一家の件では、世話になったな…此度正式に長崎への赴任が決まった。」
雪之丞「え!」
信乃「これも何かの縁、よろしく頼む。」
雪之丞は武士が苦手なので少し引いてしまう。
信乃「ところで、お前に聞きたいことがある。立ち話もなんだ、私の家に来い。」
拒否できず、雪之丞は家についていくこととなった。

信乃の家は町屋一軒分に庭もある、長崎にしては大きな家であった。
信乃は真面目な顔をしている。
信乃「阿蘭陀商館についてなんだが・・・今オランダという国はない。この認識は間違っているか」
雪之丞は緊張した顔になる。
雪之丞「・・・はい。オランダは今、隣国に占領され亡国となっています。」
信乃「そうか、一部の幕府、奉行所、出島関係者しか知らない・・・というところだろうか。はっきり言ってくれるものがいなかったので、助かった。」
雪之丞「商館長様をはじめ、多くの方は帰国できず10年程出島で生活しています。・・・中には心身の不調がある方も。」
信乃は庭を見る。夕暮れも深まり、初夏の花が庭に咲く。
信乃「国を無くすとは、どのような気持ちだろうか。」
雪之丞「え?」
信乃「帰る場所がない、異国人に国を占領され・・・いつか独立するかもしれない、永遠にそのままかもしれない・・・想像を絶する孤独だろう。」
信乃「私がこのことに気づいたのは、奉行所が相場の倍以上の金額で阿蘭陀商館の物を購入していたからだ。義理堅いことだ。」
信乃「…日ノ本は島国だからこそ、他国からの侵略を防ぐことができる。しかし、少しのきっかけでこの平安の世は変わってしまうかもしれない。」
雪之丞は信乃の言葉にはっとする。
他国からの侵略…冒険者の本は言った、会議のために世界中の招待客が長崎に集まると。
雪之丞(会議がきっかけで鎖国体制に支障が出るとしたら…!)
信乃「やはり、長崎は貿易そして防衛の要よ…の話が聞けて良かった、この地で働く心構えができた。」
信乃は晴れやかな顔だが、雪之丞は顔を青くする。

帰宅すると雪之丞は慌てて、冒険者の本を取り出す。
冒険者の本「久しぶりだね。決心はついたかな?」
雪之丞「教えてくれ!現在の鎖国状態の中で、長崎にどうやって世界中の招待客は来るつもりなんだ!」
冒険者の本「…いいところに気が付いたね。」
冒険者の本「今、長崎に正規の外交を持つ国はオランダと中国となっている。しかし、非公式という点では、朝鮮、琉球、アイヌもまた交易が可能だね。」
雪之丞「…唐人船の中にはシャムやトンキンなどの地域も含まれるな。」
冒険者の本「これらの地域の人間は長崎に来る可能性があるよ。でも、外交のない国も実は日ノ本を狙ってる。」
雪之丞「…オランダ東インド会社はイギリスにジャワの本部を占領された時、阿蘭陀商館を明け渡すように脅されたと聞いている。」
冒険者の本「ただでさえ、寄港地としても魅力的な日ノ本に万物の通りを超越した奇跡を手に入れる機会とくれば、外交のしきたりを無理して長崎を目指す国はあるだろうね…ありったけの軍事力をもって。」
貿易に携わることで、外国の戦闘力を知っている、雪之丞は息をのむ。
雪之丞「外からの招待客はご遠慮願いたいな・・・俺の願いを叶えるためにも、日ノ本のためにも。」
雪之丞「冒険者の本、俺はお前と契約を結びたい。お前となら他の招待客を説得することも撃退することもできる。」
雪之丞は決意する。
冒険者の本「・・・わかった。だが、試験したい。」
雪之丞「まだ試験があるのかよ!」
冒険者の本「君は賢いし、勇気もある。しかし、行動原理に不安がある。」
雪之丞「行動原理?」
冒険者の本「君はカイを随分慕っている。だからこその不安だ。だってカイ・フォン・ホーゼマンは・・・」
雪之丞「招待客の一人なんだから。」
雪之丞「!!カイ様が・・・招待客!」
雪之丞は衝撃を受ける。
冒険者の本「君はカイを説得できるかい…?彼の願いがどんなものか、君にも想像がつくだろう。」
雪之丞「祖国の独立・・・オランダ黄金時代の復活。」
冒険者の本「私たち本は、とある理由で奇跡をつかむ勝ち馬に乗る必要があるんだ。君は容易にカイに説得されるだろうね。そんな君とは組めない。」
冒険者の本「期待してたんだ、君が願いを叶えるために何事もいとわない人間だと。でも、肝心な部分がだめだ。」
雪之丞「信じられねえ・・・カイ様が・・・いや。」
雪之丞「おれは、この目で見ないと信じないぞ。」
冒険者の本「君らしいね。自分の目で見ないと納得しない。いいだろう。」
冒険者の本「最後の課題だ、これが終わった時、君が判断するといい。」
冒険者の本「10日後、カイの命を狙って阿蘭陀商館に侵入者が現れる…雪之丞、君はどう動く?」

久しぶりに現代の夢を見る。
燃え盛る街を見下ろす高台の防空壕に友人と雪之丞はいる。
雪之丞「これからどうしよう。」
友人「火が落ち着いたら、食料を探そう。この周りは焼けてないから、野草を取って・・・」
雪之丞「よくこの状況で頭回るな。」
友人「こんな状況だからだろう。悲惨な状況程、いち早く動ける人間しか生き残れない。」
友人は肩を抑えながらも、防空壕から出ていこうとする。
友人「状況を見極めれば大丈夫だよ、雪。」

雪之丞は寝不足で阿蘭陀商館に勤務する。
カイ「ユキ大丈夫か?スペルミスが目立つが・・・」
雪之丞「は、はい!」
雪之丞の様子がおかしいと、カイやレヴィは気になっている。
レヴィ「体調が悪いなら今日は帰れ。」
雪之丞「いや、せめてここまでは今日中、に!」
雪之丞は眩暈で倒れてしまう。

阿蘭陀商館の医務室で雪之丞は目覚める。
カイ「起きたかい?」
雪之丞「カイ様。」
カイは書類を持ち込んで雪之丞を見ていたらしい。優しさが気まずい雪之丞。
カイ「盗賊の件などあって、疲れているんだろう。心身の健康が第一だよ。」
カイは雪之丞の頭をなでる。母親が病の時もこうやって励ましてくれたことを思い出す。
カイ「そうだ。ユキ、口をあけてごらん。」
カイは雪之丞の口に飴を入れる。
カイ「疲れた時は砂糖が薬だ。」
雪之丞(昔から、この人は変わらない。)
カイの優しさに雪之丞は胸が熱くなる。
愛宕「カイ様。商館長様がお呼びです。」
カイ「今行く。ユキはゆっくりしていきなさい。」
愛宕は上着をカイに着せる手伝いをする。睦まじい夫婦のようだ。
愛宕「こちらの書類をお持ちくださいませ。」
カイ「ああ、ありがとう。」
愛宕がカイの身なりを整え、部屋から送り出す。

雪之丞は葛藤する。
雪之丞(もし、カイ様が招待客だとして、俺は彼と対立することができるのか。それに、彼の願いが祖国を独立させるというものなら、俺の個人的な夢なんて…)
愛宕「雪さん、お加減いかがですか?」
雪之丞はハッと顔を上げる。
雪之丞「愛宕さん…もう大丈夫です。」
愛宕「大変な事件でしたものね。」
愛宕「カイ様からご帰宅までユキさんを見ていてほしいといわれましてね。」
雪之丞「ありがとうございます。…カイ様はお優しい。」
愛宕「本当に。私が出島行の遊女で幸運だったと思うのはお相手がカイ様だったことです。」
雪之丞「愛宕さんはカイ様のお相手になってもう長いですよね。」
愛宕「ええ・・・もう5年程になります。」
愛宕「12で廓に来て以来、こんなに丁重に扱っていただいたことはございませんでした。お国のこともあって、ご自身のほうがお辛いお立場だというのに。」
雪之丞「・・・オランダからの船はまだ。」
愛宕「便りは無いようです。・・・あの方がこちらにいらっしゃる間は、私がお支えする覚悟です。」

自分がカイを尊敬するように、愛宕もまたカイを慕っているのである。
改めて、カイの人格者ぶりを雪之丞は感じた。
同時に、雪之丞は、冒険者の本が言った言葉を思い出す。
冒険者の本(10日後、カイの命を狙って阿蘭陀商館に侵入者が現れる…雪之丞、君はどうする?)
雪之丞は汗をかく。
愛宕「雪さん?どういたしました。」
雪之丞は小さな声で「いえ」としか言えなかった。
雪之丞「・・・まだ、9日ある。それまでには、カイ様にお伝えを…」
まだ、雪之丞は自身の夢を捨てきれないのである。

翌日、雪之丞は1階に住む隈にたたき起こされた。
雪之丞「んあ、隈さん…?」
隈「阿蘭陀商館が大変だ、雪之丞!!早く目え覚ませ!!!」
愛宕が何者かに殺害されたのである。

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