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新宿方丈記・28「なつやすみ」

繁華街は別として、お盆の街は静かだ。灯りが点いている窓も、この時期は少なくなる。交差点のコンビニだけが明るく、夜半に降った細かい雨が濡らした舗道を青信号の光が輝かせる。真夜中に部屋の窓から眺める、この光景が私は大好きだ。涼しくもないけれど暑くもない。確実に夏は通り過ぎ、さっきまで隣に居たのに、今はもう背中を見せている。夏季休暇とやらのおかげで却って仕事のスケジュールはギチギチになり、嵐のような一週間が過ぎ、目覚ましをかけなくていい短い日々に突入した。やり残した仕事をこっそりやろうと思っていたのに、疲れ過ぎて全くやる気が起こらず、積み上がっていた本の山を少々片付けたり、コーヒーを淹れたり、高校生の頃に編集した夏のカセットテープを引っ張り出して聴いてみたり。そんなこんなで無駄に過ごしている。夕方買い物に出かけた帰り、ふと見上げたら、私が密かに砂上の楼閣と呼んでいるタワーマンションの後ろの空が、クレヨンの水色で塗りつぶしたみたいな青だった。近所のお寺から微かにお線香の香りが流れてくる。テーブルに置いた水のグラスが汗をかき、テーブルクロスの青を濃くする。靴擦れでできた瘡蓋がするっとめくれた。百日紅の花がたくさん散っていた。今日は、なつやすみ。

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