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悪夢でも夢のひとつ

悪夢でも夢のひとつに変わりなく、黒い歩兵が歩き続ける。街並みはいつも通り口を噤んで、次の密告者とその被害者の影を隠し通そうとしている。彼らが蠢きつづけているうちは、まだ世界は存在するらしい。

「あなたは、だあれ?」
「あなたは、なあに?」

幼子の皮を被った狼が微笑みながら近づいてくる。私の影は私の足を石畳に止めて、その場から離してはくれないのに。目の前が白く眩む。その瞬間を彼らは逃してくれない。

生まれてこなければ苦痛に晒されることなどなかったのに、どうして生まれてきてしまったのだろう。

歩兵の足音が遠くに聞こえる。石畳の隙間にゆっくりと血が染み込んでゆく。黒猫がぺろぺろと舐めるそれは、嘗て私の肉体を動かしていたもので。全てが狂っているならばそれでいいのだ。肉体が殺されたのに意識は生き残り、何処に行くべきなのか、私は知ることができないのだ。

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