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【短編連載】相場一喜一憂物語①

■あらすじ
 これは投資初心者の二人組が『生き馬の目を抜く』投資の世界に身を投じて悪戦苦闘する、笑いあり涙あり(?)の短編物語です。

■本文
 古ぼけたアパートの一室で男性が二人、何やら話をしている。

『投資』を始めたと小耳に挟みましたが、本当でありマスか?」

「本当だ、佐助。将来が不安だらけの昨今、少しでも足しになるように、お金にも働いてもらわないとな」

二人組のうち佐助と呼ばれた小柄な方が感心し、敬礼ポーズをとった。

「お金に働いてもらう・・・ なんか、響きがエキセントリックでかっこいいでありマス! 確かにあいつらは財布の中でぐうたらしてるだけで、ちっとも増えないでありマスからね!」

そんなこと、当たり前である。

「うむ。銀行に預けても、雀の涙ほどの利息しかつかないしな」

「わかるでありマス! 自分もこの前利息が入ったのを通帳で確認したのですが、たったの5円だけでありマシた! ・・・でも、それ以上にそこから税金で1円引かれていたのが無性に悲しかったのでありマス!」

隊長と呼ばれた男性も似た経験があるのか、うんうんとうなづく。

「して、隊長! 『投資』と一括りに言っても競馬、パチンコ、丁半博打、株と色々ありますが、一体何を始めたのでありマスか?」

最後の一つを除いて、他はギャンブルである。

「ふふ・・・ 聞いて驚くなかれ、仮想通貨・・・ いや、今は『暗号資産』と呼ばれるものを始めたのだ! 新NISAも始まったことだしな!」

※暗号資産は新NISAの対象外です。

「あ、暗号資産でありマスか!? す、すごいでありマス! 名前を聞いただけで、時代の最先端を突っ走ってる感がハンパないのでありマス!」

佐助は余程驚いたのか両腕を上げ、かつ瞳孔を全開にする。

「・・・して、暗号資産とは何なのでありマスか? 隊長?」

「なぬ? 佐助、お前は知らないのか!? そんなことでは時代に取り残されるぞ!」

「す、スミマセン、隊長! どうか、哀れな子羊に教えて下さいでありマス!」

平身低頭する佐助を見て気分を良くしたのか、隊長はオホンと咳ばらいを一つ入れた。

「いいか、暗号資産とはその名の如く、暗号で成り立っている資産、または通貨なのだ!」

「・・・さっぱり、わからないのでありマス、隊長!」

「・・・つまり、だ。我々が使っているお金、例えばこの諭吉くんは正式名称『日本銀行券』と呼ばれている。つまり、日本という国家がバックについている。おまけに、偽札対策もバッチリだから我々は『信用』して、この日本銀行券を使っている訳だ」

「なるほど。諭吉様が偉人だからって訳でなく、国が後ろ盾になっているから信用されているって訳でありマスね」

隊長が説明用に取り出した一万円札を佐助は掴み取ろうとするが、隊長はそれをひらりとかわす。

「うむ。対して暗号資産はその『技術』が信用の元となっている」

「技術?」

「そうだ。絶対に改ざんされない暗号。それとシステムによって信用が成り立っているのだ!」

「な、なんだってぇ!! ・・・で、その改ざんされない暗号とか、システムって具体的にはどうなっているのでありマスか?」

「・・・それは、グーグル先生に聞いた方がいい。彼の方がよく知っているだろうから」

隊長は佐助からの視線を避けながら答えた。

「(ごまかしたでありマスね・・・)わかりました! 後でちゃちゃっとググってみるでありマス!」

空気を読んだ佐助は、これ以上ツッコむことはしない。

「そして、佐助。この暗号資産の元祖は『ビットコイン』と呼ばれるものだ」

ビットコ・イン、でありマスか? ルート・インとか、東横インとか、ホテルの名前みたいでありマスね」

「あほ! コインだ、コイン! ・・・して、佐助、これを作ったのは日本人なのだぞ?」

隊長はここが肝とばかりに、誇らしげな顔をした。

「ええ“!! ジャパニーズでありマスか!? して、その偉大なる方の名はなんと?」

「ふふ・・・ 驚きのあまりおしっこ漏らすんじゃないぞ。なんと、仲本工事だ!」

「・・・え? ザ・ドリフターズの?」

佐助の念押しに、隊長はドヤ顔で首を大きく縦に振る。

※違います。『ナカモト サトシ』で、正体は未だ明らかになっていません。

「す、すごいっス! お笑いや体操の合間に、そんな凄いものを作るなんて!」

「確かにそうだ。しかしこの前、かのお方は鬼籍に入られた。ここはひとつ、ご冥福を祈ろうではないか? 佐助」

「そうでありマスね。・・・では」

「「合掌・・・」」

二人は暫しの間、手を合わせ祈りを捧げた。

「さて・・・ で、隊長。肝心の収支の方はどうなのでありマスか?」

「お前、そういうところは直球で聞いてくるよな。まあいい、絶好調さ!」

そう言って、隊長が見せたパソコンの画面には、収支がプラス二桁万円と表示されていた。

「こ、こりゃ、すんごいのでありマス! こんなに儲かるのなら、自分も早速始めるのでありマス!」

そうして佐助も隊長に教わりながら口座を開設し、暗号資産の取引を始めたのだった。

ちょうど時期が良かったのか、暗号資産の価格は日を追うごとに上昇し続けていった。

「たまらないでありマスね、隊長! このまま上がり続けたら・・・ うひひひ・・・」

「まったくだ。このままいったら、タワマンの上にタワマン建てられんじゃないか? えへ、えへへ・・・」

二人は目が覚めるたびに増える資産額を見てはあれこれと夢を語るのだが、現実はそう甘くはなく・・・

ある日のこと。佐助が大慌てで隊長の部屋に駆け込んできた。

「た、隊長! 大事件発生でありマス! ビットコイン様がもの凄い勢いで下がっているのでありマス!」

「ぬ、ぬわんだってぇ!?」

隊長も急ぎスマホで確認すると、佐助の言う通りズンドコズンドコ下がり続けている最中だった。

「あわわわわわ・・・  な、何が、起こってるんだ~~~!!」

「自分、もうマイナスになりそうでありマス! どうしましょう、隊長!?」

慌てふためく二人は余程混乱しているのか、

「そうだ! こうしてスマホを逆さまにすれば、上がっているように見えて・・・」

「ホントでありマス! よ~し、これで・・・ って、解決になる訳あるか! で、ありマス!」

と、ベタなコントも展開する。そうしている間にも、暗号資産のチャートはまるでナイアガラの滝の如くどんどん下がり続ける。

「「あわわわわ、はわわわわ~~~!」」

そして、結局。

「売ってしまったで、ありマスね・・・」

二人は値下がりに耐え切れず、収支トントンのところで売ってしまったのであった。

「あ、売ったら上がり始めた・・・」

「なして? で、ありマス・・・」

自分たちが手放したタイミングで、暗号資産は今度は上昇を始める。疲れ切った二人は再び買い戻す元気もなく、魂が抜けた表情でスマホ画面を眺めるだけであった。

これが、いわゆる『狼狽売り』である。
投資初心者の二人は、この世界の厳しさを身をもって知ったのであった。

つづく

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