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休日怪談4「タカサキショウゴ」

自己暗示というのは結構効果のあるものらしく、プロのアスリートの方でも声を出して自身を鼓舞する、なんてことはあるそうです。家庭でもよく褒められた子どもは自己肯定感が高くなるということは知られていますし、言葉を繰り返し言い聞かせる、というのには大きな力があるのでしょう。
少し前から、鏡に向かって「お前は誰だ?」と唱え続けると、数か月たつ頃には本当に自分が誰だかわからなくなってしまい、これまで築いてきた自我が失われてしまうという話がありますよね。これ、自我が崩壊する話・おかしくなる話だとよく言われていますが、そもそも自我というものはそこまでしっかりしているものではないのかもしれません。

2020年の6月ごろから、Tという男性は職場で、自身が「たかさきしょうご(仮)」という異なる人格の人間であると思い込むようにしました。Kは就職活動がうまくいかず、入って2か月の時点で職場になじむことへ困難を感じていました。地元から離れた所へひとり移ったため知り合いもおらず、休み時間や帰宅後も憂鬱な気持ちが続きます。何とはなしにLINEの友人欄を眺めていると、不意にある人物の名前が目に入りました。

「高崎 彰吾」

彼は高校の同級生でバスケ部のキャプテンを務めており、今は疎遠であるにせよ、唯一Tが大学でも連絡を取っていた卒業生でした。明るくてとっつきやすく、誰にでも好かれている。初め高崎のことをよく思わなかった部員ですら、話しているうちに好感を持ってしまうような人物でした。

「高崎だったら、こんな職場でもうまくやっていくんだろうな…」

そう思い始めたのが五月の中旬。このころは「高崎ならどうするか」と考えることが多かったという程度なのですが、その後しばらくしてTは気づきました。

「困ったときだけ高崎のふるまいをイメージするより、職場ではアイツになりきるくらいのほうがいいんじゃないか?」

そう思い、Tは職場でのふるまいを、可能な限り高崎に近づけるようにしました。初めは話し方や動作、返事のしかた、しばらくすると覚えている限りのクセやファッション、趣味まで真似るようになりました。
そして毎晩眠る前、一日の反省をしていたそうです。
「今日あいつならこうしていた。高崎ならこんな返事をしていた」
毎晩繰り返していたそうです。

不思議なことにそのころから、少しずつTの評価は変わっていきました。
もちろん魔法のように慕われるようになったわけではありませんが、部署のみんなに名前を覚えられ(出版関係の職場で、人数はそこそこいたそうです)、仕事以外でも声をかけられることが増えました。そして仕事終わり、同僚と飲みに行き、楽しく談笑した帰り道、Tは気づいたんだそうです。

「さっきの飲み会、どんな話をしたんだっけ」

ふと気づいたのは、ここしばらく一日の記憶がぽっかりないことが増えたということ。朝スーツに着替えて電車に乗ってから、次に気づいたときには帰りの電車で、日中の出来事が全く頭にない日が増えたこと。
何かおかしい、と思ったその瞬間、ブツッと線が切れたようにこの一連の思考が停止しました。

『明日ははやくから打ち合わせがあるからな。資料の準備して早く寝るか』

そう呟きました。ちょうど電車を降りるときでした。




Tの真似した「高崎彰吾」は私の友人の一人です。高崎から先日、一通の連絡が私のもとに来ました。

「久しぶり。お前、Tってやつとまだ連絡とってる?しゃべってたことあるよな?」

私はそのときまでTとそこまで親しいわけではなかったので、このとき高崎が提示してきたTのあだ名もわからず、しばらく聞き返しながら話を聞きました。高崎によると、しばらく前から、Tからひっきりなしに連絡が来るそうでした。といっても内容は
「〇〇社:会議連絡」
「予算見積書」
といったようないわゆるリマインドでした。初め高崎はからかわれているのかと思って茶化してみたそうなのですが、そのことへの返信はなく、ただただ高崎に無関係の業務連絡が来るだけでした。
気配が変わったのは6月からだそうです。このときからTが高崎に送る内容は変化していました。

「今日も一日頑張った!プレゼンの改善点はメモしておいたからな」
「隣のデスクの先輩、チーフにやたら仕事振られてたよな…声かけてサポートしようぜ」

全く覚えのない連絡内容を不審に思った高崎は、Tの会社にいる自身の大学の知り合いを頼って、知っていることを聞き出したそうです。上記に書いたTのエピソードは、その話を参考に、不明な点はなるべく補って書いたものです(なのでもしかしたら大きな誤りがあるかもしれません)

私は高崎に、Tの連絡を拒否してもうこれ以上関わらないようにするのがよいのではと提案しました。まあ高崎が関わっているわけではないのですが…
しかし高崎は言いました。

「このままなんも気持ち悪いから、俺ちょっと本人に会ってくるわ。会社はわかってるしな」

この会話が3月のことで、以降連絡は取れていません。一応ですが高崎はそもそもあまり連絡を返してこないし、4月時点で既読になっていたため、単に返信してこないだけかもしれません。
ただ、僕にはずっと気になっていることがありました。

Tの演じる「たかさき」は、高崎彰吾には似ていないところが多すぎる。

本物の、似ても似つかない「たかさきしょうご」に触れたTがどんな行動に出るのか、これだけが不安でなりません。
連絡が来ることを願ってやみません。


*イニシャルの「T」およびたかさきしょうごの名前および漢字はすべて仮のものです。

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