きっかけは先日、講義中に山田がスリープモードに入ったことだった。 奴の意識は間違いなく途絶えたが、それでも板書をノートにしたためていた。 さすがは米軍製義体。 死んでも戦う、の謳い文句は伊達じゃない。寝落ちしてても自動で手が動き続けている。 驚くのは早い。その他、太陽光発電、フリーwi-fi内蔵、電子決済、百人一首暗誦、一人コーラス等々、充実の機能の数々に指が鉛筆削りになるくらいしか取り柄のない僕は震えた。 羨ましい。 僕もあんな義体が欲しい。 しかし純正
捕らわれたスパイほど惨めなものはない。 今、鉄格子の檻の中、一人の女が拷問を受けている。 「目的は何だ?」 詰問が耳朶を打ち、間髪入れずに鞭が跳ねるように舞っては背中を打つ。 反射的に鼻孔が広がり、絞め殺された雌鶏みたいな悲鳴が漏れた。 嘘でしょ、これが私の声? 気が触れそうな痛みにわななく口の端から血混じりの泡が噴き出る。 捕らわれた間抜けなスパイ、それは私だった。 簡単な任務と使いに出されたのは敵地の大要塞。 その道半ば、権謀術数が如く張り巡ら
窓ガラスから望むのは昼夜問わずいつだって闇が覆い尽くした空だ。 それが地球誕生以来なのか、はたまた別の要因なのか、俺は知らない。 だが曰く、かつて黒雲なき碧空には太陽が燦然と輝き、街灯の明りなどものともしないほどの光で地上を満たしたという。数十年前の大粛清から辛うじて逃れた藤田の爺さまが懐かしむように嘯いていた。 それが本当なら俺も太陽とやらを拝んでみたいが、しょせんは年寄りの世迷言だ。鵜呑みにするほどガキじゃない。 「これ、国家保安省に持って行ってくれる?」