新型コロナPCR検査で陽性になるウイルス

(【2020/7/4追記】PCR検査試薬の日本語の説明書について新しい文章を書いたので、手っ取り早い理解したい人はそちらも参照してください。”新型コロナPCR検査で陽性になるウイルス②” )

Twitterで流れてくるTLを見ていると定期的に「PCR検査では新型コロナウイルス以外にもインフルエンザやRSウイルスなどにも陽性反応を示す」というような趣旨のツイートが流れてきます。結論から言うと、これはデマなのですが、元情報がどこなのか気になったので少し調べてみました。最初は海外の新型コロナウイルス陰謀論者だろうなと思っていましたが、どうやら日本人のとある文章が発端のようです。しかもよりによって、医学博士A氏を含め2、3人の医者が発信しています。

彼らが発信している他の色々な情報も眉唾物なのですが、皆どうやらそれなりに知名度があるらしいです。変な情報を一般人に流布して医者として恥ずかしくないのだろうかと思ってしまいます。それとも知識が・・・。それはさておき、本題のPCR検査について。A氏は、

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新型コロナウイルス(SARS-COV-2)の測定用のPCRキット (SARS-CoV-2 Coronavirus Multiplex RT-qPCR Kit)の説明書に

他の様々なウイルスでも陽性になることが記載されています。

それらのウイルスとは、

・Influenza A Virus (H1N1),

・Influenza B Virus (Yamagata),

・Respiratory Syncytial Virus (type B),

・Respiratory Adenovirus (type 3, type 7),

・Parainfluenza Virus (type 2),

・Mycoplasma Pneumoniae,

・Chlamydia Pneumoniae

などです。

インフルエンザウイルスの感染者も新型コロナウイルスの感染者としてカウントされている。

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と書いています。では、そのアメリカのCreative Diagnostics社 "SARS-CoV-2 Coronavirus Multiplex RT-qPCR Kit" の説明書の該当箇所を見てましょう。

画像1

赤線で囲った場所、Specificity (特異性) の項目に ”non-specific interference of Influenza A Virus (H1N1), Influenza B Virus (Yamagata), Respiratory Syncytial Virus (type B),Respiratory Adenovirus (type 3, type 7), Parainfluenza Virus (type 2), Mycoplasma Pneumoniae, Chlamydia Pneumoniae, etc." と書かれています。直訳では「インフルエンザA、インフルエンザB・・・肺炎クラミジアなどの非特異的干渉」となり、これらのウイルスや細菌に反応を示すように感じてしまいます。ところが、ここに落とし穴があり、これは研究者が見るページなので実験英語で書かれています。Specificity以外の項目に注目していただきたいのですが、右側の説明文の頭文字は全て大文字になっています。一方、Specificityの項目のみ ”non-specific interference of~" で小文字になっています。なぜでしょう?  これはタイプミスではありません。

欧米の実験試薬やキットの説明書で見られる慣例的な書き方となりますが、否定の内容であることを明示するためにワザと小文字で書きます。つまり、この場合は、「インフルエンザA、インフルエンザB・・・肺炎クラミジアなどの非特異的干渉はない」となり、他のウイルスや細菌には反応を示さないと書かれているのです。初心者でも間違えないように書いてある説明書では "Specificity: No non-specific interference of~" という風に書かれているものもあります。この場合は頭文字は大文字となります。頭文字が小文字の場合はNoが隠されていると考えると簡単でしょう。

以上のように、説明書にはきちんと新型コロナウイルス特異的に反応することが書かれているのですが、実験英語を理解できていない人たちによって「説明書には他のウイルスにも反応すると書かれている説」が広がってしまいました。素人が言っているのならまだマシですが、よりによって医学博士が言ってしまっています。A氏が新型コロナウイルスの存在を否定するためにワザと言って一般人を騙しているのでなければ、こういう説明書に接する機会がなかった (研究してこなかった) ことを自ら公表していることになります。なので、説明書を根拠にA氏と同じようなことを言っている人は軒並み "素人"と判断してください。

上記の説明が一番端的で、もうこれ以上の説明はいらないのですが、英語の書き方という説明だけでは納得がいかないという方のために以下に他の情報も2つ載せようと思います。長くなるので、興味のある人だけ読んでください。

まず、先ほどのCreative Diagnostics社 "SARS-CoV-2 Coronavirus Multiplex RT-qPCR Kit" の説明書の "Principles of Testing" (実験原理) の項目の最後に "Specific primers and probes were designed for the detection of conserved region of 2019-nCoV's ORF1ab gene and N gene, respectively, avoiding non-specific interference of SARS2003 and BatSARS-like virus strains." 「特異的なプライマー(注1)とプローブは、SARS2003とBatSARSのようなウイルスの非特異的な干渉を避けるために、2019-nCoVのORF1ab遺伝子とN遺伝子の保存領域を検出できるようにそれぞれに設計された。」とあります。つまり、この検査キットはSARS2003とBatSARSには反応しないと書かれています。新型コロナウイルスと似ても似つかないインフルエンザ、RSウイルス、肺炎クラミジアなど色々なウイルスや細菌に反応する一方で、新型コロナウイルスに一番近縁のSARS2003とBatSARSにだけ反応しない、なんてことはあるでしょうか。

(注1) プライマーとは簡単に言うと、特定の領域をPCRで増幅させるための試薬であり、これを変えることで新型コロナウイルスの変異にも対応することができる。新型コロナウイルス以外にもインフルエンザ用のプライマー、RSウイルス用のプライマー、肺炎クラミジア用のプライマーといったように、それぞれ検出したい生物専用のプライマーが作られる。

次に、A氏の文章にも取り上げられている米国疾病予防センター(CDC)のオフィシャルに掲載されている新型コロナウイルスに対するPCR検査のガイドライン『CDC 2019-Novel Coronavirus (2019-nCoV) Real-Time RT-PCR Diagnostic Panel』を見てみましょう。A氏はこの文章を新型コロナウイルスPCR検査の否定的な説明のために取り上げていますが、この41ページのTable 7にはコロナウイルス、MERS、SARS、インフルエンザ、RSウイルスなど他のウイルスや細菌には反応しないとしっかりと書かれています(右端のFinal Result "Neg."=Negative) 。

画像2

アメリカのメーカーが開発する検査キットはこのCDCのガイドラインに沿ってFDAによって承認されますし、プライマー (注1;上記) の規格はCDCが統一のものを出しています(日本では国立感染症研究所が統一の規格を出しています)。つまり、Creative Diagnostics社 "SARS-CoV-2 Coronavirus Multiplex RT-qPCR Kit" がこのTable 7に記載されているウイルスや細菌に陽性反応を示してしまうと、FDAから承認がおりることはなく販売することができません。

このように、アメリカではFDA承認、日本では保険適用、欧州ではCEマークなど各国の認可がおりている新型コロナウイルスのPCR検査キットでは他のウイルスには陽性反応を示すことはありません。

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