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悲劇のヒロイン症候群①

勝手に名前をつけた。
本当にあったら教えて欲しい。

私は小さい頃から空想とか物語が大好きで、漫画や小説をたくさん読んでいた。
小学生の頃から漫画や小説を書いたりしていた。
ファンタジーだったり、好きなキャラと自分の恋愛(いわゆる夢小説)だったり。
それは空想の域を超えて、常に頭の隅で妄想を繰り広げてる、ちょっとイタイやつになった。

そんな中で、たまにする妄想がある。

「私」が悲劇に見舞われる話だ。
なんだっていい、不慮の事故だったり、病気に罹ったりする。
それも、後遺症が残ったり、生存率が低いものだったり。
タイミングは大事な予定の前だったり、自分の誕生日直前だったりする。
そんな最低な妄想の中の「私」は、本当に痛みや苦しみを味わっている。
そして、お決まりなのがかつて繋がりがあった人たちが駆けつけてくれるというものだ。
その人たちからの「頑張れ!」の声に「私」は自分の体と闘うのだ。

どんなB級通り越してF級小説だよ。
現実で闘病されたり、リハビリしている人、そのご家族ご友人に対するとんでもなく失礼なものだ。

じゃあ実際の私は?
実際の私は五体満足で、先日の血液検査もオールクリア。
なんならMRIも、医師から「綺麗な脳みそです」と褒められるくらいの(体は)健康体なのだ。
(うつ病等の精神疾患者であることは一旦置いておく)

だというのにどうしてこんな妄想ばかりしているのか。

多分、スポットライトを浴びたいのだろう。
誰から見ても「私」が主人公だと思う物語を歩みたいのだ。
御涙頂戴ドラマや漫画のヒロインのように、何かに侵されることで、いろんな人に「大丈夫?」と声をかけられたいのだろう。
悲劇の運命に抗おうとする自分に酔いたいのだろう。

厨二病とはまた違う、悲劇のヒロイン症候群だ。

どうして自分でもこんな馬鹿げた妄想をしているのか、と自問自答をする。
それでもやめられないのは、私が誰かに必要とされていることを確認したいという願望の表れなのかもしれない。

この妄想を分析すればするほど、今の自分に対して反吐が出るのだが、それはまた次回。


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