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ミステリー小説なのに青春群像劇かと思いきや恐ろしいホラー小説だった【中山七里:TAS特別師弟捜査員】

最近読んだミステリー小説の感想です。
中山七里さんの作品は以前もこちらの記事で紹介しています。


TAS 特別師弟捜査員

<あらすじ>
学校一の美少女が死んだ。飛び降り自殺が噂されるなか、学校側は転落事故だと主張する。クラスメイトの慎也は少女の死に違和感を覚える。そこへ従兄で刑事の公彦が捜査に加わり、二人は潜入捜査を開始し、事件の真相を追うことに…


ネタバレなし感想

まず面白かったです。ミステリー小説かな?と思うと、主人公が友人との関わりで成長する様子や、部活で切磋琢磨する青春群像劇のような一面もあって学園ミステリーならではの面白さがありました。

小説の最終章では主人公がついに犯人を突き止めます。結末に向かって一気に進んでいくので、ページをめくる手が止まりません。中山七里さんの醍醐味である衝撃のラストを迎えると、「そうそうこの感じ」と思わせる高揚感がありました。

今回はTAS 特別師弟捜査員の感想を書いてみました。犯人に関わるネタバレは「ネタバレあり感想」に分けています。「ネタバレなし」の方でも本編の内容を書いているので、未読の人は注意してください。


非リア主人公?

一番驚いたのは「想像していた主人公像」と「実際の慎也」が異なっていたことです。小説は慎也しんや視点から語られています。小説の冒頭で慎也は「彼女いない歴=年齢」であり、帰宅部で、クラスのアイドルとは接点がない人物だと言われていました。なので地味で大人しめの主人公だと思って読み進めていたら、少し違いました。


実際、慎也はこんな人物でした。

・空気が読める
・コミュ力がある
・男女ともに仲良い友人がいる
・帰宅部なのに後輩の知り合いがいる
・地頭が良い
・嘘をつくのは苦手
・行動力&発言力がある

…私の知ってる地味キャラじゃないです。
そもそもクラスメイトで仲良いのが幼馴染の女子(演劇部副部長)とチャラめの陽キャ男子なんですよね。モテないキャラというより、ただ恋愛に関心がなかっただけみたいな。だから男女ともに気さくに話せるし、なんなら自分の魅力を分かってるようなシーンもありました。

たとえば後輩の可愛い女子から事件にまつわる話を聞き出すために、あえて近い距離で話をしたり。先輩の男子生徒にも上手にヨイショしてお願いしてみたり。相手に「しょうがないなぁ」と思わせるような交渉術でした。

また空気を読むのも上手です。その場の空気を良くするために、あえて自分から嫌われ役を買ってでたり、時には目立つ行動を取ったりします。もうね将来、絶対出世するタイプだと思う。

自分のことを地味だと思ってますが、女子との距離感から想像するにおそらく塩顔イケメンです。この手のタイプは大学に行ったら普通に彼女ができるし、会社では出世するし、社会人になってからモテます。なんなら今現在、高校のクラスメイトから密かに片想いされてるけど、本人は気づかないパターンです。恋愛モードにならないと興味がもてない人なんじゃないかなと思いました。

なのでイメージとしては「明るいグループに属している地味めなキャラ」や「基本一人行動だけどクラスから浮かずに誰とでも仲良くできる絶妙なキャラ」なんかを想像すると読みやすいのではないでしょうか。

自分では目立たないキャラを自称していますが、少なくとも小説の話が始まってからはそこそこ目立っているんですよね。俯瞰して周りのことを理解しているようで自分自身のことは見れていないキャラなのかなと思います。

本編で従兄の公彦から「慎也は自分のこと冷静だと思ってるけどそんなことないよ」と言われていましたが、まさにその通りなんですよね。賢いので大人っぽく見えるけどたまに感情や思い込みで突っ走ってしまい、一人でよく反省していました。

高校生は自分自身を理解しきれない年齢だし、慎也自身の性格もあると思います。この自己認識と他人からの評価のギャップも小説の面白さの一つでした。

以上、ざっくりとした主人公像です。
全然ミステリーと関係ないですね。
次から本編に戻ります。


⚠︎ネタバレあり感想


演劇部へ潜入捜査

なんといっても見どころは潜入捜査ですよね。
あの慎也が潜入目的で演劇部に入部するところから物語が大きく変わります。

帰宅部だった慎也は同級生が部活でしか見せない一面を知り、驚きます。そして慎也もまた演劇の世界を知って、新しい分野にハマっていきました。この「昨日まではまるで興味なかったのに、とあるきっかけで一気に好きになる」描写が良かったです。慎也が柄にもなく、睡眠を削ってまで脚本を完成させたのも分かるような気がします。新しいことにハマるときワクワクが止まらなくて、夢中で書いたんだろうなぁと思います。

部員との交流も一つの演劇を作り上げるなかで描かれていて、ミステリー小説だと忘れそうになるくらいです。これが潜入捜査じゃなかったら、部員が亡くなっていなければ、まさに青春小説のようでした。


ドロ沼演劇部

ラストで楓と大輝を殺害した犯人が判明します。
その犯人と動機が意外でした。もう怖すぎるよ演劇部。


※超ネタバレ注意

サイコパス多すぎない…?
とりあえず瑞希・汐音・拓海はいったん置いておくにして、不憫な人が多すぎる。楓は弱さにつけ込まれて薬漬けにされた挙句、嫉妬心から殺害され、大輝はとばっちりで殺されて、翔平はメンヘラ女に好かれて最愛の彼女を失います。それに主人公を見てください。ただ巻き込まれてるだけです。いくら瑞希と幼馴染で拓海の友人だとしても、潜入捜査をしなければ知り得なかったことです。

これがなんとも不憫で。主人公なのに主人公以外のところで愛憎劇が繰り広げられているんですよ。しかも高校の演劇部という狭い環境で。

慎也は潜入捜査という目的で演劇部に入部しましたが、演劇の奥深さを知ったり交友関係が深まったりと良い変化もありました。このあたりの描写が輝けば輝くほど冒頭で亡くなった楓と大輝の死が暗い影になるようでした。このコントラストがすごく不気味です。

しかも恐ろしいことに真相を知っている人が小説の冒頭から存在しています。それが瑞希であり、汐音と拓海も楓が大麻を常習していることを知っていました。この事実を知りながら楓の死を嘆き、大輝の死を悼んでいただけでなく、演劇部で何事もなかったように練習している風景が怖いのです。

結末を知ると、仲間が亡くなった後も知らないフリをして日常を送る異常さが際立ちました。一方で楓のいない日々に耐えられなかった大輝や彼女を失ったショックから立ち直れない翔平はすごく普通に見えます。全てを知った慎也が深く絶望し、混乱していたようにこれが当たり前の反応です。


ヤバすぎる登場人物たち

(※やや口が悪いです)


拓海
①片想いの相手
いくらなんでも女性の趣味悪すぎでは…?
拓海は楓が大麻を常習していることに気づいてました。汐音が売人の仲介役だったことも、それを大輝に知られていたことも。大輝が慎也に真相を話そうと声をかけた時、拓海がわざと邪魔するシーンがあったくらいです。

その後に大輝が亡くなっているので、汐音が誤って死に至らしめたことも分かっていたはずです。その上で警察には嘘の証言をして、汐音に疑惑が向かないようにしました。正直、恋心よりも汐音に弱みを握られていた方が信じられます。

慎也は拓海の偽証に気づいた後、「拓海は意外と奥手でロマンチストだったんだ…」と謎の罪悪感に苛まれていましたが、全然そんなの感じる必要ないです。だってその片想いの相手は大麻を(間接的に)同級生に売ってて、別の生徒を口封じに怪我させようとした挙句、死に至らせるような人ですよ?むしろどこを好きになったのか教えてほしい。

「それでも好き♡」って逆に怖いです。頼むから目を覚ましてくれ拓海。高校生で悪女がタイプだとこの先の人生で確実に詰む。

②自らSNSで拡散
演劇部の存続が危ぶまれたとき、窮地を救ったのは拓海でした。SNSで発信したおかげで世間の反応を集め、存続できるようになりました。この時は私も「拓海いいことするじゃん!」と思ってました。

でも実際この人バリバリ関係者ですよね?演劇部で巻き起こっていることを知りながら、「けーはくヤロー」というアカウント名で世間に訴えかけていました。いやもう誰が軽薄野郎だよと言いたくなりますね。これは中山七里ギャグだったのでしょうか。

「部員のことを第一に考えてます!」「演劇部の亡くなった仲間のために!」という名目で発信しているのも怖いです。この人、何重人格なの…?


汐音
高校生でこの考え方はヤバいでしょう。
こんなに治安の悪い子だったんですか?

才能のある楓に嫉妬するところまではわかります。
楓は才色兼備で演技の才能もあり、努力家な人物でした。
しかし楓から大麻の取引を持ちかけられたとしても、いくらでも断ることはできたわけですよね。友人ならば薬を欲しがる楓自身を心配するし、楓がどんな状況に置かれているか理解してあげようとするはずです。

兄が麻薬の売人だとしても汐音が仲介したのは、楓に対して明確な悪意があったからです。だから薬を常習していても、心配するどころか薬を渡し続けた。そのことが知られたら、口封じに後輩を傷つけようとした。謝って死なせても堂々と演劇部の練習に参加するような人物です。もう倫理観が破綻しているとしか思えません。

また汐音は反省の言葉を口にしませんでした。「才能に嫉妬していた」「大輝を殺すつもりはなかった」など、最後までとんでもない人でした。


瑞希
幼馴染が黒幕はしんどすぎる。
この子が一番のサイコパスです。

「瑞希が楓に嫉妬して、明確な殺意から死に追いやった」
この事実は幼馴染の慎也にとって相当ショックだったと思います。瑞希が犯人だと告げたとき、きっと恐ろしくてたまらなかったはずです。それなのに瑞希は慎也にバレてもケロッとしてるんですよね。むしろ自分から楓に殺意があったことを話すくらいあっさりと白状しました。

思えば冒頭からそうでした。瑞希は常に一定の明るさがあります。それこそ楓が亡くなった後も、そこまで話し方に変化がありませんでした。

長年一緒にいた人が殺人を犯すような人で、罪悪感もなく日常を過ごしていたなんて信じられないですよね。そんな人が隣にいたら怖くてたまらないし、急に瑞希が別人のように思えたのではないでしょうか。


〜あらためて人物紹介〜
拓海:恋に盲目すぎる(虚偽の証言)
汐音:大麻の仲介役・倫理観が欠けている(殺人)
瑞希:ナチュラルサイコパス(殺人)


公彦
正直コイツが一番タチ悪いと思っています。
まず慎也って未成年じゃないですか。こんなサイコパスだらけだと予想してたなら潜入捜査させないでほしいです(※企画倒れ)。だって普通に危なくないですか??殺人鬼とドラッグディーラーがいる部活ですよ??途中で気づいてたなら、せめてフォローしてほしかったです。

作中やたらと公彦が「善人顔で…」という説明が入るので、もはや公彦もサイコパスかと疑ってしまいました。なんか感情が伝わってこないんですよね。10歳も年上なら潜入捜査の危険性や、精神的に悪影響なことも分かると思うのですが…

しかも現状報告の際は慎也にダメ出しするんですよ。「そんなんじゃダメだ、ミイラ取りがミイラだな…」とか。小説のラストで慎也が「親友も同志も幼馴染も全部無くした。公彦兄のせいだ…」と絶望した顔で呟くシーンがありました。それに対して公彦はこう言います。

公彦の台詞(以下、抜粋)
「僕が潜入捜査を頼まなければ親友も同志も幼馴染も失わずに済んだのかい」
「悲観ばかりするなよ」
「今度のことで得たものだって結構あるだろ」

共感力ゼロかよ…??

たしかに間違ってることは言ってないんですよ。
でもね間近で同級生が二人も死んで、それに部活の仲間や幼馴染が関わってて、もう慎也のライフは底をついてます。

私は主人公贔屓しがちなので公彦への当たりが強いと思いますが、それにしたって冷たくないですか?真面目が取り柄で善人顔の公彦兄とは思えないんですよね。それとも日々事件を取り扱っているから、こうなってしまったの…?

もう一つ引っかかるのは、この小説をバディものミステリーだと期待していたからです。「従兄弟の高校生と警察官のバディもの学園ミステリー」のジャンルが珍しくて読み始めました。

いざ読んでみたところ、思っていたより二人がバディらしい動きをすることはありませんでした。それぞれ潜入捜査して、たまに報告し合うくらい。。なんか想像と違う…

さらに青春偶像劇からのサイコパスホラー、からの共感力ゼロな公彦兄のアドバイスで物語が終わるので、なんとも言えない気持ちで読み終えました。



小説の主題

もしこの小説のテーマを考えるなら、作中に登場した「猫の話」がヒントになっていると思います。

公彦が教育実習中に国語の授業で取り上げたのは「猫の話」という短編小説でした。ここでは様々な解釈があるとしながら、瑞希が答えた「人生の無常観」が模範解答であると言っています。

また授業の終わりに公彦はこう言いました。

自分とは縁遠いと思っていた死が、実はすごく身近に存在し、拍子抜けするほど呆気ない……そんな風に主題を捉えると、この短い物語も結構重い話に変わってくるだろう?」

これは小説の話そのものではないでしょうか。放課後に会う約束をしていた同級生が、直前まで話をしていた後輩が突然亡くなりました。そして主人公の慎也は偶然にも二人の死体を目撃しています。死体の描写も詳細に書かれており、どのように亡くなったかが分かります。

人間が死体に変わった姿を目撃するほど、死を実感する出来事はありません。この小説では日常に存在する死と悪意を描きたかったのでは?と思いました。

猫の話に戻りますが、恐ろしいことは他にもあります。「猫の話」の正しい正解を答えたのは瑞希でした。人生の無常観や死を理解しながら、瑞希は楓に対して明確な殺意をもっていました。

模範解答とは「大多数の人間がこういう読み方をする」と考えるのがテストにおける正しい解答です。しかし国語のテストで模範解答ができても、瑞希は人を殺めています。この対比がなんとも気持ち悪かったです。

また楓の死は呆気ないものでした。

大麻を常習していて意識が朦朧とするなか、演技の練習をしている最中に窓から転落しました。瑞希は楓を突き落としたわけでも、無理矢理転落させたわけでもありません。ただ窓が開いていて、落ちてしまったのです。そこに明確な殺意が潜んでいました。

瑞希は後に「こんな簡単に人が操れると思ってもみなかったけど、楓はあたしの思い通りに動いてくれた」と語りました。楓を死に追いやるのはいとも容易くて、本当に呆気ない死でした。

大輝の時もそうです。大輝に口封じをさせるために、汐音は怪我を負わせるつもりでした。ただこの時も大輝を突き落とすわけでもなく、ステージを故意に降ろしただけです。それでも怪我は致命傷となり、大輝はあっという間に命を落としました。

二人の死はなんとも呆気なく描かれていました。惨たらしい死体とは対照的に、あっさりと死んでしまいます。本当に拍子抜けするほど呆気ないです。

もし中山七里さんが「呆気ない死」から「人生の無常観」を書きたかったのであれば、この小説は成功していると思います。

だからなのか人の優しさを感じる場面があまりありませんでした。全て知っていた演劇部の部員はともかく、大人も良いイメージでは書かれていません。

慎也の母親でさえ、同級生が亡くなっても息子を心配する前に質問攻めにしていました。校長は保身に走り、理事会は捜査を中断させ、レポーターは女子高生の死をエンタメに仕立て上げようとしています。先生たちも立て続けに起こる生徒の死に対して、なす術がありませんでした。

当然ながら大人だろうと死は人を混乱させます。動揺する人もいれば、利用しようとする人もいる、それが世の常なのでしょうか。



終わりに
もし私が慎也だったら、しばらく立ち直れないと思います。それもこんな殺意や憎しみから命を奪う人が身近にいるのは恐ろしいです。私だったら現実に耐えられなくて、本当に現代版ヘレンケラーのように引きこもりになるかもしれない。

さすがに中山七里さんは慎也を引きこもりエンドにはさせないよね…?
もし続きがあるなら慎也にはなんとか立ち直ってほしいです。演劇を辞めてしまうのか、事件を乗り越えられたのか…すごく気になります。

公彦とバディもので続編を書くなら、この話を前日譚にしてほしいです。
辛すぎたので次回(本編)は明るめでお願いします!

誤解のないように書くと、私は中山七里先生の作品が大好きです。この話も面白かったし、続きが出たらきっと買います。ただ普段読んでいる岬洋介シリーズとの違いやタイトルから想像する話とのギャップがあったので、ここまで長々とした感想になってしまいました。



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