親友が母になった日
「わたし本当にお母さんになるんだね」
この言葉がポンっとLINEのトーク画面に降り立った瞬間、時が止まった。わたしは10分ほどしてから「お母さんになるんだね」と返した。
みみこは妊娠10ヶ月。出産予定日まであと1週間だ。みみこは中学からの唯一の友達で、お互いの素性を知りに知り尽くしてる関係性。友達というより家族のような関係に近い。
みみことの出会い
みみことの出会いは中学3年生の春。
わたしは中学2年生ほほとんど登校することなく、中3の春を迎えた。
新学期が始まっても学校へ行きたいと思わなかったわたしに、担任が別室登校をすすめた。
理由があって教室に行けない生徒のための教室、そこは北校舎の会議室だった。
別室登校と言ってもわたし以外に人がいる様子はどこにもなかった。
と思っていたら・・・
教室の後方に置かれているパーテーションの向こうからひょこっと顔を出した女子生徒がいた、それがみみこだった。
彼女の存在は知っていたけど、初めてちゃんと会話をした。「もちこちゃんだよね?」みみこもわたしのことを知っていたようだ。
みみこはどうもクラスでいじめをうけているらしく、教室に行きたくないので別室登校を始めたらしい。
「学校が終わったらよかったら遊ばない?」と誘われたので、二つ返事でOKをして連絡先を交換することになった。今でもよく覚えているがみみこの携帯はWillcomだった。携帯とはちょっと違ったPHS。
「メールするね」と言ってふたりは別れ、学校を後にした。
その日は天気が悪く、薄暗いねずみいろの景色だった。みみこの家はわたしの家からかなり近く校区は違うが、歩いて5分ほどの場所に住んでいた。
特になにをするとかではなく、ふたりで近所を散歩した。「もちこちゃんのこと実は知ってたよ。色が白くて黒髪ロングのお姫様みたいって思ってた」とみみこはニコニコしながら言った。お姫様なんて…と否定しながらも、わたしはすこし照れ臭かった。
しばらく歩いていると小雨が降ってきた。みみこは「傘を取りに行ってもいい?」と一瞬家に寄り、戻ってきたかと思うとビニール傘を2つ持ってきてくれたのだ。
なんて優しいんだ。
彼女の住んでる場所は古い公営住宅で、近所では部落差別をされていた。
あそこに住んでる人達はなにかしら事情がある。危ないからむやみに近づいてはダメだ、と昔から近所の大人達から言われていたのだ。
しかし、みみこと遊んでみて大人たちが言ってることは間違いということを知った。
だってみみこはこんなにも優しくて良い子なんだから。
散歩を続けているとだんだん風と雨が強くなってきて、持っている傘が吹き飛びそうになった。「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と言ったその瞬間、強めの風がビューっと吹きわたしの傘はバキッと音を立てて折れてしまった。
初めて遊んだ友達の傘を壊してしまった。わたしは慌ててみみこに謝った。「ごめんね!傘弁償するから、本当にごめんね。」
そう言うと、みみこは「あ、大丈夫だから!」とその折れた傘を勢いよく田んぼに投げ捨てたのだ。「気にしないでいいからね」と優しく言ってくれた。
彼女は初めて遊んだ友達に気を使わせたくなくて、傘を田んぼに投げ捨てる暴挙に出たのだ。なんて豪快。
お姉ちゃんのような存在
そんなおかしな初対面の出会いから、わたしたちは友達になった。
中学を卒業して、お互いバラバラの進路を進んでも家が近所だからしょっちゅう遊んでいた。
17歳の時、みみこは親と仲が悪かったためうちに何ヶ月に居候していた。その当時わたしは高校を中退してニート、みみこも仕事を辞めたばかりでニート。10代にしてかなり堕落した生活を送っていた。
しかし、その時間は今思えばかけがえのない青春だった。
夕方になるとみみこが飼ってる犬の散歩へ一緒に行ったり、自転車を二人乗りして夜中にファミレスに行ったり、朝から日が暮れるまでカラオケでアニソンを熱唱したり。
彼氏にフラれた時はいつも一番に駆けつけてくれた。「また別れたの?」と説教しながらも、いつもわたしの好きなお菓子を買ってくれた。同い年なのにお姉ちゃんみたいな存在だった。
わたし達はいつも家の近所を散歩しては「うちらってこの年になってもずっと同じことやってるよね」と言っていた。
18歳になっても、19歳になっても、20歳になっても。
何年経っても毎年同じことを言っていて、気付いたらふたりの合言葉みたいになっていた。
初めて離れ離れに
それから月日が経ち2018年の春。わたし達は24歳になった。
そんなある日みみこが突然こう告げた。
「大阪に引っ越すんだ」
遠距離の彼氏と同棲するそう。しかしその彼氏と会ったことがあるのは片手で数えられる程度で、付き合ってる日にちもまだ浅かった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
心配でたまらなかったが、彼女を笑顔で送り出すことにした。もちろん寂しかったが、大阪ならすぐ会えるしと平気なふりをした。
妊娠報告と不思議な夢
それから3年が経ち、去年の春。みみこから妊娠の報告をうけたのである。
そんな報告を受ける前日にわたしは不思議な夢を見ていた。
それは妊娠して出産する夢だった。
お腹が大きいシーンから始まって、気付いたら腕の中には赤ちゃんがいた。おそらくわたしが産んだ赤ちゃん。
部屋の中はほんのりと暖かくオレンジの光に包まれていて、腕の中にいる赤ちゃんを心の底から愛おしく感じた。泣きそうになるくらい。
今でも鮮明に覚えている。夢の中で生まれて初めての感覚を味わったのだ。
目が覚めて、もしかして妊娠したのか…?と勘ぐっていたら、その数分後にみみこから妊娠の報告がLINEで届いた。
わたしは驚きのあまり息が止まりそうになった。あの夢は…
親友が妊娠する日がこんなにも早く訪れるなんて思ってもみなかった。わたしは家族のように彼女の妊娠を喜んだ。
そんな報告を受けて彼女との12年間の軌跡を振り返っていたのである。
学生時代を闇の中で過ごしていたわたしにとって、みみこの存在は救いだった。
彼女は優しくて強い。
愛情深くて責任感が強いみみこが母になる姿は容易に想像できた。
「子供が大きくなったら、もちちゃんみたいな友達に出会ってほしい」と彼女は言った。その言葉に思わず涙がこぼれそうになった。
子供ができたらみみこみたいな友達に出会ってほしい、と返した。これから彼女が母になる姿をわたしは、誰よりも楽しみにしている。
ありがとうみみこ。
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