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当日欠勤の理由

バイト先の男の子Nくんが当日欠勤をした。店長の話してる声が耳に入ってきて「Nくんこないだも風邪で当欠したのに、今日は彼女と別れたからだってよ。ショックすぎて働けないらしいわ。そんな女と別れたくらいでなあ」

店長はそう言うけどわたしは彼の行動が正しいとおもった。

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10代後半から20代までなぜあんなにもバイトに熱心だったのか。その頃は当日欠勤なんてほとんどしたことがなく、親から、あんた若いのにえらいねえとよく言われたもんだ。

とはいえ、バイトに対しての無駄な真面目さ故に後悔していることもある。

6年前、友達の葬式にでられなかったことだ。その日みんなで会うはずだった予定の友達は待ち合わせ場所に来ないまま、突然この世から姿を消した。バイト先の店長に葬式に出たいから休ませてほしいと事情を話したが、電話口から聴こえる不機嫌そうな声はこう言った。

「家族ならいいけど友達?なんだよね?明日は人がいないから出てくれないと困るよ。それに桃沢さん今度の週末で休み取ってるじゃん?あまりにも急に休まれてもうち人いないから。悪いけどいい?」

葬式って基本的に急なものじゃないのか。計画的に死を選んで命日を決める人なんてこの国にはまずいないし、この悲劇を望んでる人なんて誰ひとりとしていないはずだ。遺された彼女の夫やふたりの小さな子供のことが頭に浮かんだが、わかりました、と言って電話を切った。

今だったら当日欠勤して次の日からバイトへ行かなくなるかもしれない。しかしこの時はそんな強硬手段に出る勇気もなく、結果前日のお通夜にだけ顔を出して葬式には行けず、当日わたしはバイト先でせっせと弁当をつくっていた。当時付き合ってた彼氏に、バイトなのにねと言われた。

あの日待ち合わせ場所にいたみんなの顔や、お通夜で泣き腫らし別人のようになっていた友人の背中、鏡の前に置かれた彼女が使っていただろう散らばった化粧品の数々、原型がないほどに壊れてしまったギター、壁やふすまに飾られた子供たちの絵、初めて会った彼女の母親、ただそこに眠っているだけのような彼女の静かな顔が、どれくらいの間かはおもいだせないけど、かなり長く長く頭にこびりついて離れなかった。

なんでこんなにバイトに対して熱心だったかと考えてみると、せめてバイトくらいは人よりも頑張らないとって考えがあったんだとおもう。わたしは当時自分のことを社会的価値の低い人間だと感じていたし、実際に高校を中退してからずっとフリーターで周りの年上たちからもよく揶揄われていた。

「もちこがやってるのは仕事じゃなくて、バイトね。バイトって仕事じゃないから社会人ぶるなよ」 

それを言うときはいつもみんな笑っていたし、本人たちからしたら冗談だったのか本心だったのか。そんなのわからないけど、わたしが今日仕事だったーというとおい、バイト!とよく訂正されていた。

普通に社会で一生懸命働いてる人たちと同じラインに立つためには、せめて"バイトくらい"は頑張らないとなあと思っていたし、高熱がでても彼氏と別れても飼ってる猫が死んだときも休んだりはしなかった。いつからかそれは自分にとって、ある種のちっぽけなプライドに変わっていた。今思えばそんなゴミみたいなプライドは最初から持ってても持ってなくても同じだ。

わたしはその日弁当屋のバイトに出勤したことなんてだれも覚えてないだろうけど、わたしがあの子の葬式へ行かなかったことをわたしは今でもずっと覚えてる。

傷ついた自分の気持ちを他人軸でないがしろにしていいわけない。だから当日欠勤したNくんの行動は正しいとおもった。

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