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私の相棒・ロルバーン

おいとまに入る前、毎日作業日記をつけていた。

ロルバーンのノートに、やったこと・やりのこしたこと・わかったこと・わからないことなどなど、なんでも書いて、どこへいくにも持ち歩いていた。落ち込むと過去のノートを読み返して、わずかな進歩を噛み締めようとしていた。

あのロルバーンのノートは、間違いなく、私の相棒だった。

けれど、おいとまに入ってから、開くことがなくなった。
たぶん日付は2週間ほど前の11月23日で止まっている。こんなに長く日付が飛ぶことなどなかったから、なんだか開くのが怖い。

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今日も研究室に来たので、えいや、と歴代のロルバーンたちを引っ張り出してみる。

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ロルバーンを使う前の、ほぼ日カズンを合わせると、過去のノートは5冊。修士2年から始まっているけれど、本格的に作業日記をつけ始めたのは博士進学以降になる。

1日3行程度で終わることもあれば、何ページにも渡ることもある。自由に好きなだけ好きなように書いて、月のはじめにインデックスのシールを貼って目安としている。(うつっていなくてごめんなさい)

パラパラとページをめくり、ざっと読み返してみる。
ああ、こんなこともやったなあ。あ、このあと失敗するのに、ぬか喜びしてる。うん?これ間違っているぞ?むむむ、こんなことやったっけ。

およそ人には見せられない中身だ。
曲がり道ばっかりしているなと、少しもどかしく思う。いまの状態で修士からやり直せたらいいのに、と思う。でももちろんそんなことはできない。

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曲がり道ばかりしているけれど、思い返せば着実にできることは増えている。

大学院入学前から考えたら、そして人と比べなければ、私自身の進歩は著しいといってもきっと過言じゃない。

・プログラミングなどやったこともなかったのに、いまは3つの言語を難なく扱えている(ちょっとできる、も含めたら5つ!)(だけどコーディングスキルはわからない)
・数学大嫌いだったのに、数式を読むことが苦じゃなくなった(それでも複素数は、ものすごく苦手)
・英語も全然できなかったのに、英文や英語音声にひるまなくなった(会話はまだまだ……)
・海外など行ったこともなかったのに、先輩をたずねてアメリカに行って、一人でバスに乗って他大学の講義に出たり、スタバで注文したりできた

などなど、たくさん、進歩していた。
そのくせ、カッコ付けで、但書きのような弱気コメントを書いてしまうのは私らしい。ばーんと誇ることは苦手なのだ。

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6冊目になるいまのノートは、気分がパッと明るくなるようにと、黄色っぽいオレンジを選んだ。今年の10月から使い始めて、まだ12月分のインデックスを貼っていない。

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おいとまに入る直前まで何をやっていたのか、これから何をやらなきゃいけないのか、眺めるだけで焦燥感と共に思い出される。焦らない、焦らない。いまはゆっくり復帰していくのだから、と、自分をなだめる。

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副ゼミでの発表を1週間前に控えた日の、心の声が駄々漏れな記録。その下に書かれている、お菓子をくれた後輩へのお礼が見切れている。この頃は副ゼミでの発表が怖かった。他の学生はみんな私よりしっかり進歩していて、先生のツッコミは鋭くて。数多の至らなさが露呈することを恐れていた。

でも、いまは、そこまで恐れおののくことはないのだと、理解している。指導教官のおかげで、誰も私に(いい意味で)成果など求めていないのだとわかっている。だから、いつになるかわからないけれど次のゼミ発表では、いくらか恐れずに発表できる気がしている(でも正直、まだ怖い)。

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ロルバーンのページを開いたものの、作業など何も進んでいないから、書くことはない。

これからどんなことを書いていくのだろう。何を学んで、どんな感情を抱いて、進んでいくのだろう。

まっさらな黄色味のあるページを見ていたら、ほんの少しだけ、これから綴っていくであろう近い将来のことが、楽しみに思えてきた。


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