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オツの折り紙

 これは、小さな、小さな国のお話です。

その国の王様は、とてもわがままで、国に住む人々を大変困らせていました。


 そんな、わがままな王様の国に住む一人の青年の話をしましょう。

 その青年はオツと言って、とても綺麗な心の持ち主です。

オツは折り紙が大好きで、たくさんの折り紙を折っては、病気で苦しむ人々に配っていました。


 ある日、オツがいつものように折り紙を折っていると、国の王様がとても重い病気にかかってしまったという知らせが入りました。わがままな王様は国中から腕のいい医者を集めて、病気を治すように言いました。

けれども、いつもわがままばかり言っている王様を助けたいと思うお医者さんも、人々もいませんでした。

その話を聞くたオツはいつものように折り紙を折って、王様のお城へ持って行きました。


 オツは寝ている王様の前にしゃがんで丁寧に挨拶をすると、

「王様、ご病気が治るように願いを込めて、折り紙を使って冠を折ってまいりました」

と、王様に渡しました。

「折り紙…?」

王様は、折り紙を受け取って、

「こんなものはいらん!折り紙はこの病気を治してはくれないだろう!」

と、ひどく怒りました。

それを聞いたオツは驚いて、

「なぜ、王様はそれほどまでにお寂しい方なのでしょう」

と、思わず呟きました。

「そ、そんなの知らん!」

それを聞いた王様はさらに怒って、オツのことをキツく睨みつけました。それを見たオツは、今にも破れてしまいそうな心を抑えて、

「確かに、病気を治すことはできないかもしれません。ですが、私の思いやりの心が詰まっています」

そう、王様に伝えました。

「馬鹿げたことを言うな!そんなゴミクズを貰ったって、ただのゴミに変わりはないだろう!」

そう言って、王様は折り紙を破いて、オツに投げつけました。

 オツはとても悲しくなって、そのまま家へ帰りました。


 お城から帰ったオツは、王様のいった言葉が心に深く刺さって抜けなくなってしまいました。王様の言ったことが正しいと思ったからです。そして、今まで折り紙を配った人々も王様と同じことを思っていたのではないか、と感じました。

心に刺さった王様の言葉は、とてもチクチクします。


 オツは、折り紙を折らなくなりました。


 それからは、オツは病気で苦しんでいる人がいても、折り紙を折って、その人へ持っていくことはしなくなり、心はだんだんと冷たくなって、悲しみでいっぱいになりました。

 折り紙を折らなくなったオツを心配した人々は、隣に住むフミさんにオツの様子を見てくるように頼み、フミさんはすぐに様子を見に行きました。

 すると、フミさんは家の中で、とても悲しそうにしているオツに気がついたのです。

フミさんは慌ててオツに呼びかけました。

「オツ、どうしたの」

フミさんは家の外から一生懸命声をかけ、オツの返事を待ちます。けれども、聞こえてくるのはオツの泣き声だけです。

 フミさんは、泣いているオツの姿に胸が苦しくなって、お医者さんのタミじいさんのもとへ走りました。


「オツが、オツが大変!」

フミさんがあまりにも慌てていたので、タミじいさんは驚いてしまいました。

話を聞いたタミじいさんはすぐに薬のいっぱい入った鞄を持って、オツの元へ駆け出しました。


 オツの家に着くと、そこには、国中の人々が集まっていました。

みんな、オツのことが心配で集まってきたのです。

「オツ、あけてちょうだい。タミじいさんがきてくれたよ」

フミさんがそう呼びかけると、オツはゆっくりと扉をあけてくれました。オツの目は涙をたくさん流したので、大きく腫れていました。

「オツ、どうしたんじゃ?」

タミじいさんが優しく問いかけると、

「なんだか胸がチクチクして苦しいんです」

オツは、ギュッと胸を押えて、消え入りそうな声で言いました。

みんな、それを聞いて大変な病気にかかってしまったのではないか、ととても心配になりました。

「ほかに、痛いところや心配なことはあるかね」

タミじいさんは、心配しているみんなを静かにさせてから、オツに優しく微笑みました。

「僕の折った折り紙は、みんなにとってもゴミでしかなかったの?」

オツは目にたくさんの涙を浮かべながら、そうタミじいさんに聞きました。

すると、その場にいた全員はとても驚きました。

「なんで、そう思うんだい?何か、あったのかな?」

タミじいさんは静かに訳を聞きました。

オツは、王様のお城であったことをその場にいたみんなに話しました。

「まあ、ひどい!」

その場にいた全員が一斉に声を上げました。

「話してくれて、ありがとう。君の病気がわかったぞ」

タミじいさんは優しく言いました。

「君は、心の病気にかかってしまっているんじゃね」

「こころのびょうき?」

オツは首を傾げました。

「オツの心は、今とっても傷ついて、疲れてしまっているんじゃ」

「僕、死んじゃうの?」

オツは心配になって泣き出してしまいました。

「いいや、死んでしまうことはない。少し休めば、よくなるぞ」

タミじいさんはそうオツに伝えました。そして、オツのことを心配していたフミさんには、美味しいご飯と温かいお茶を用意するように頼んで、帰って行きました。


  それから何日か経って、みんながオツの家に集まってきました。

「オツ、渡したいものがあるの。あけてくれないかな?」

フミさんの声がします。オツはゆっくりと扉を開けると、そこにはたくさんの折り紙を持ったみんながいました。

「オツが早く元気になるようにって、みんなで折り紙を折ったんだ」

「僕たちの思いやりがいっぱい詰まっているよ!」

みんながそれぞれオツを思って、折り紙を折ったのです。

「タミじいさんから教えてもらったの。思いを込めておった折り紙には、魔法の力があるって」

「僕たち、オツの折ってくれた折り紙のおかげで、病気がケロって治っちゃったんだ!」

フミさんがオツの前に来て、

「いつも、オツのくれる折り紙をみんな大事に持っているよ。ありがとう」

と言いました。

「ありがとう!」

そこにいた全員の声が重なりました。

「はい、どうぞ。早く元気になってね」

「ありがとう、みんな」

そう言って、フミさんから折り紙を受け取ろうとしたとき、みんなの持っていたたくさんの折り紙がふわりと飛んで、オツの体を包み込みました。

花、果物、星、いろいろな思いが形になった、たくさんの折り紙から、温かい思いやりの言葉が聞こえてきます。

「オツ、早く元気になってね」

「いつもありがとう、これからも大好きだよ」

「オツのおかげで元気になれた!今度はオツを元気にするんだ!」

オツの氷のように冷たくなってしまった心は、みんなの思いやりの力で溶けていきました。

心のチクチクはなくなって、とてもホワホワとします。

オツは、温かい心を取り戻したのです。

オツの体を包んでいた折り紙がそっと床に舞い降りると、優しい眼差しで見つめるみんなの顔が見えました。

「今みたいに、オツの思いやりがこもった折り紙のおかげで、私たちは元気になることができているんだよ」

オツの目から、涙がこぼれ落ちました。オツの折り紙はゴミではなかったのです。みんなにとって、とても大切な宝物だったのです。

「みんな、本当にありがとう」

「もう、大丈夫じゃな」

声がしてオツが見ると、そこにはしわくちゃな顔をさらにクシャクシャにして笑っている、タミじいさんの姿がありました。


オツの心の病気はもう治りました。


 元気になったオツは、今病気で苦しんでいる人がたくさんいるのだと知り、たくさんの折り紙をおりました。一つ一つに思いを込めておりました。


 オツのおかげで、みんなの病気は治って、みんなは元気になりました。

しかし、一人だけ、病気の治っていない人がいます。王様です。

みんな、王様のことを嫌っていて、誰も助けたいとは思っていません。


 家来もみんないなくなってしまい、お城には王様が一人で暮らしていました。

そんな王様のことを思うと、オツはとても悲しい気持ちになりました。

「王様はきっと、一人で苦しんでいるんだろうな」

心の優しいオツは、一人で苦しんでいる王様を助けたいと強く思いました。

「早く、折り紙を折って届けよう」

オツは、引き出しの中から折り紙を取り出すと、一つ一つ丁寧に折り始めました。

「病気が治って、王様が元気になりますように」

「王様が一人じゃなくなりますように」

王様を思いやる心の数だけ、おりました。

しかし、オツには何かが足りないように感じます。

どんなに折り紙を折っても、モヤモヤします。

 すると、そこへ、

「オツ、何してるの?」

お隣のフミさんがやってきました。オツは、フミさんをお家の中に入れ、王様に折り紙を折っていることを話しました。

「ええ、なんでそんなことをするの?王様はとてもわがままで、オツの心を傷つけたのに」

フミさんはとても驚きました。

「確かにわがままで、僕も傷ついたよ。それでも、病気で苦しんでいるときに一人でいるのは心細いだろうから…」

「でも、それはしょうがないんじゃないの」

フミさんはプリプリ怒って、ほっぺを膨らませました。

「でもさ、王様がいなかったら僕らのこの小さな国はないんだよ。王様だって、僕らのために、きっと頑張ってきたんだよ」

オツは、フミさんと話しながらも折り紙を折る手を止めません。

「僕は、王様に元気になってもらって、仲良くしたいな。一緒にたくさんの折り紙を折るんだ」

「そっか…」

フミさんは、オツの王様を思いやる気持ちに、心が温かくなりました。

「私もやろうかな…」

そう言って、オツから折り紙を受け取ると、丁寧に折り始めました。


 オツは、フミさんと一緒に折り紙を折っていて気がつきました。

「僕の足りないと思ったのは、みんなの折る折り紙だったんだ」

フミさんが不思議そうに見つめる中、オツは広場にかけて行きました。


 そして、追いかけてきたフミさんに向かって、

「みんなに話したいことがあるんだ!僕は西側の人に声をかけてくるから、フミさんは東側の人をお願い!」

と、言いました。

「わかった!」

オツとフミさんはそれぞれ走り出しました。


 オツが広場に戻ると、そこにはもうみんな集まっていました。

「集まってくれて、ありがとうございます」

オツはみんなの前に立つと、話し始めました。

「今、王様が病気になって、一人で苦しんでる。僕は、そんな王様に元気になってほしいと思う。だから、みんなの力を貸してほしいんだ。お願いします」

広場にいた全員が、ざわつき始めました。

「だって、王様はわがままだし…」

「私は、王様にひどいことをされたわ…」

 オツは、たまらず叫びました。

「それでも、王様がいるから、僕らはこの国に住めているんだよ!王様だって、頑張っていると思うんだ!」

オツの思いに、みんなもフミさんのように心が温かくなりました。

「王様には、謝ってもらわないとね」

「そのためには元気になってもらわないと」

「オツ、何すればいい?」

みんなの思いが一つにまとまりました。

みんなが、王様に元気になってもらおうと思ったのです。

「ありがとう!みんなで王様に折り紙を折ろう!」


 オツが広場でみんなに声をかけてから三日が経ちました。

オツたちは、王様の寝ているお城へ行きました。そして、

「王様、王様の健康を祈って国の全員で折り紙を折ってまいりました。どうぞ、お受け取りください」

そう、王様に折り紙を渡そうとしました。しかし、

「だから、折り紙なんかいらんと言っているだろう!おい、そこにいるじいさん。お前は医者だろう。早く私の病気を治せ!」

王様は折り紙を受け取らずにオツたちを怒鳴りつけました。

それを見たみんなは、やっぱりわがままな王様に呆れてしまいました。

「王様、思いやりの力を信じますか」

オツは落ち着いて王様に問いかけました。

「思いやりの力?なんだそれは」

王様は眉を潜めてオツを睨みました。オツはそんな王様の目を見つめて、話しました。

「思いやりは、相手のことを大切に思う気持ちです。そして、そんな相手を思いやることには力があります。相手を思う気持ちが、そのままその人の力になることがあります。それを、思いやりと言います」

「ふんっ、くだらん」

王様はオツの話を聞いて、笑いました。

「そうですか。では、王様自身で感じてみてください」

オツがそういうと、折り紙を持ったみんなは、王様の寝ているベッドに折り紙を並べはじめました。そして、その折り紙はベッドからお城の床へと広がり、とうとうお城全体を覆いつくしました。

「王様、これは、あなたの国の人々があなたを思う気持ちです」

オツがそう言うと、城中の折り紙が王様を包み込み、王様への思いで溢れました。

「元気になってください!」

「私のお店へ来てほしいです!」

「一緒にご飯を食べたい!」

「王様、笑ってください!」

王様の心は、少しずつ温かくなりました。

そして、王様は折り紙に包まれる中、小さな頃のことが浮かびました。

お母さまが病気になったこと、お父様はその病気を治すために世界中の医者を探し回っているうちに、姿がなくなったこと。そして、それを悲しんだお母さまは、悲しみの渦に呑まれてそのまま亡くなったこと。

「いつから私はこうなってしまったのだ…」

お父様もお母さまもいなくなってしまった王様をかわいそうに思ったお城の人々は、王様のためになんでもしました。欲しいものを与え、王様のいうことは必ず守りました。しかし、成長していくにつれて、だんだんとわがままになる王様を、みんなで嫌うようになったのです。

「こ、これは…」

王様は、自分の心が変わっていくことに戸惑ってしまいました。

「感じましたか?僕たちの思い」

そんな王様にオツはそう、声をかけました。

「あ、ああ。この、心がムズムズするのはなんなんだ…」

「それは、思いやりの心ではないでしょうか。この国には、あなたのことを思う人々がたくさんいます。その思いを受け取ってもらえますか?」

「そうか…そうなのか…」

オツには、王様の涙が見えました。

「今まで、わがままばかり言って、皆さんにはたいへん迷惑をかけた。これからは、この心を大切にしたい。」

王様は立ち上がって、そこにいる全員に頭を下げました。

 その場にいた全員の笑顔が重なりました。


 この国には、新しく「折り紙の日」ができました。折り紙の日は、大切な人に折り紙で感謝を伝える日です。王様は、この折り紙の日が大好きです。この国の誰よりもたくさんの折り紙を折って、国中の人々に配っています。王様の心は、今でもずっとムズムズしています。

そして、王様はこのムズムズが大好きです。


 オツは、今もずっと折り紙を折っては、たくさんの人々に配っています。

これからもオツは、思いやりの詰まった折り紙を届けていくことでしょう。

                おしまい

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体などには一切関係がありません。

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