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幸せを選択したはずなのに、気づいたら幸せを見失っていた ―学生編集者になるまで―

「ねえ、幸せ?」

机に突っ伏して仮眠をとっていると、友人が眉をハの字にして聞いてきた。

大学4年生の夏。大学は週に1回のゼミしかなかったが、授業が終わると図書室の個室を貸し切り、ゼミの友人たちと日が暮れるまで卒業論文を書いていた。

しかし、私はもう社会人に片足を突っ込んでいた。編集者として毎日終電まで働きながら(それすら乗り遅れて漫画喫茶に泊まることもしばしば)、最後の学生生活をまともに送れていないどころか、人間らしい生活すら危うい。

この日も、前日の仕事後に終電に乗れず、漫画喫茶で卒業論文を進めた後に学校へと向かった。そうして学校で授業が終わると死んだように一瞬で眠りについた。

編集者になることは、小学生のときからの夢だった。

就職活動は、本当に怖かった。これまでの高校大学と受験を頑張れたのも、この夢があったからだった。しかし、その就職活動で、とことん落ちた。
もうマスコミの採用がほとんど終わってしまい絶望したが、どうしても諦めたくなかった。

新卒にもかかわらず転職サイトにも登録した。未経験可の出版社の採用を探したが、ほとんどが経験者だった。片手で収まるほどの新卒しか採用していないのに、転職まで経験者なんてと途方に暮れた。(でも実際、学生なのに面接してくれた会社はいくつかあったので、私のようなあきらめのつかない人にはおすすめではある)

もうダメかもと諦めつつも本屋で片っ端から雑誌を手に取り、出版社名をメモして新卒採用情報を調べた。そんな時、ふと好きなモデルの載っているファッション誌を手に取った。ペラペラと読んでいると「編集者大募集」「未経験可」の文字が目に飛び込んだ。


もう、これしかない。なぜか運命的なものを感じた。

これが最後の就職活動だ、とダメ元で応募することを決意し、ここに受からなかったら諦めよう、そう決めた。そう思うと、1枚の履歴書じゃ思いが書ききれず、wordを駆使して10ページの本を作り、同封して送った。

その重すぎる思いが通じたのか、編集長から連絡がきたのを学校で見たときは、飛び跳ねる想いだった。そうして面接に呼ばれると驚くほどにあれよあれよと話が進んだ。


「いいね、うちの編集部に雰囲気ぴったりだよ。ってかいつから来れる?」


学校はゼミのみの週1、先生も「頑張ってみたら?卒業はしなさいよ」と理解してくれ、バイト先は幸い私の夢をずっと知ってくれていたのですぐに退職となり、そんなこんなで翌週から編集部で働くことになった。

就職活動終わったらなにしよう、卒業旅行はどこにいこう、バイト掛け持ちしなきゃな、卒論ちゃんと書かなきゃな。なんていうのは一瞬で散ったが、夢が現実となり希望に満ち溢れ、幸せの絶頂だった。 

✳︎

しかし、友人に言われてハッとした自分がいた。
夢叶えた今、正直私は幸せなのか分からない。

毎日睡眠時間すらまともに確保できず、卒論が書けていなくて卒業も危機。正社員じゃないという不安もどんどん募るばかり。

冷静に考えれば、ずっとつきたかった仕事ができていることは夢のようなことである。しかも、ほんの一握りしかできないような仕事で。一度は諦めかけた仕事で。

その夢を叶えられなかった人から見たら、わたしは幸せなのかもしれない。

でも、睡眠時間をとれていないせいか、毎日ふとした時にすぐに涙が出てくるほど、笑う体力もないほどに、身体も精神も疲れ果てている自分がいることには薄々と気づいていた。

✳︎

私が思うに、たぶん何かを追い求めるような人はなかなか幸せになれない。

きっと、夢だとか、目標だとか、理想だとかを持ってしまったら、もうなかなか幸せは得られないのだと思う。ずっと上ばかりみていると、本当の満足感なんていつまでも得られないから。

夢が叶わなくても他の幸せはあるかもしれないし、夢が叶っても幸せにはなれないかもしれない。正解なんて分からないし、その時その時を生きてみないと分からないんだろう。


「じゃあ、Y(友人)はさ、幸せなの?」

「私は、幸せだよ」


そう迷うことなくすぐに答える友人のことが少し羨ましく思えた。


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