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はっぴぃもぉる 004

墓標に刻めるような何かを、一生の内に成し遂げたいと、何となく幼い頃から思っていた。
そして、それを割合楽観的な態度でもって、叶えられるんじゃないかと思っていた。
最も(そしてもちろん)、僕の暮らすこの国には、墓標に存命中の功績を刻む風習は無い。
僕がこれまでの人生で墓標に刻まれ得る何かを成し遂げてきたかと言えば、相当に大きな疑問符がつく。
僕の死を悼んで、墓前に訪れてくれる人がいるのかさえもわからないくらいだ。

人に誇れるものなど何も無い。
恥の多い生涯を送ってきたわけでは無いが、それくらい歯切れが良く、振り子がどちらかに振り切れていれば、幾ばくかマシだっただろうか。
換言すればとにかく平凡なのだ。
それでも一切自分の生涯を憂う事はない。
他を羨む気持ちもとうに消え失せた。
何かを悟っているわけでもなければ、達観しているわけでもない。
ただ思う。
自分の手を伸ばして届く範囲の人が、墓標に刻まれた気の利いたジョークで、死を想う悲しい気持ちから、クスッと笑って明るい気持ちに転じてしまうような、そんな人生をこれから送っていければ、それで帳尻は合うんじゃないかと。
まあ兎にも角にも、改まって語るべき類の人生を送ってきていないことだけは確かだ。
だからと言って全く価値がないとも思わない。
そして、三十代を迎えたいま、急いでその帳尻を合わせようと焦る気持ちもないし、かと言って諦める気もない。
まだ帳尻は合わせられると信じている。
漠然と、だが確信を持って。
今更世界チャンピオンになる気はないが、趣味でやっているわけでもなく、
いつしか歓声を浴びる機会を夢見ているベテランボクサー。
そんな例えでよろしいだろうか。
ちなみに人を殴った事はない。

005へ続く

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