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はっぴぃもぉる 001

「見つめると吸い込まれて、か細く何処かへ消え入ってしまうような、
   そんな危うさを感じることが無い?」
 僕は一瞬戸惑う。
 「ごめん、何の話、してたんだっけ。」
 「ほくろ。」
 「え」
 「ほくろ。ほくろだよ、ほら、これ。」
彼女は自ら左頬を僕の顔の方へ傾け、
そこに野暮ったく垂れ下がった唇の、その左端を挟むように二つ鎮座しているこげ茶の点を指し示す。
話を聞いていなかったことを隠す気などさらさら無く、
それよりも急に女性に顔を近づけられたことに狼狽し、慌てて切り返す。
 「ああ、ほくろね。そのほくろが何だっけ?」
気怠げに重力に従っている唇を今度はキュッと吊り上げて、
不満げに彼女は言う。
 「聞いてなかったでしょ」
 「うん」
 悪気もなく答える。
 「だから、ほくろには、吸い込まれてしまいそうなミステリアスな魅力が         あるよね、って話」
おそらく端から関心があったとしても同意しかねただろう。
 「ちょっと言ってることが理解できないかな」
なんせ彼女とはつい先刻会ったばかりだ。
 「何でそうなるのよ。私はとっても大事なこと話してるのよ?」
    さらに訳がわからない。
 「あなた、ひょっとして自覚無いの?」
 「何の自覚かすらわからないんだけど」
いきなり声をかけてきて黒子の話を持ち出す自分の奇怪さを、
まず先に自覚してほしい、とは口に出さず心で呟く。
 「あっそう。呆れた」
呆れたのはこちらの方だ。これもまた言わない。
 「じゃあ、私バイトあるから。また見かけたら声かけるから」
彼女はそう言って、駅前の方へ足早に去って行った。
余りの身勝手さに清々しささえ覚える。何故かはわからないが、彼女とは本当にこの先も出会うことになるような気がした。

002へ続く
 

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