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【徒然なるままに】初恋

初恋が終わったとき

3歳か4才になったばかりくらいの頃だったかと思うが、その頃曾祖母の所に定期的に来る呉服屋さんが2軒あった。
家の者は一人をAさんと呼んでおり、もう一人はSさんと呼んでいた。
「Aさん」は個人の名前なのかお店の名前なのかわからないが、「Sさん」というのはお店の名前だった。
Aさんはベレー帽をいつも被っている小柄なおじさんという感じで、Sさんは七三分けで、色白、背広姿の青年だったが、私はこのSさんにほのかな恋心を抱いていたようで、Aさんの前では普段通りなのに、Sさんの前ではちょっとカッコつけてるようなところが、子どもながらにあった気がする。

ある日、Sさんが来ている時、お手洗いに行きたくなった私は一人でトイレに入った。
後に母から聞いた話だと、その頃はそのトイレはまだ一人では使わせていなかったという事だったので、もしかしたら大人について行ってもらわなくてもちゃんと何でも出来る子アピールをしたかったのかもしれない。

大きいスリッパにタイル張の床、水洗ではない和式トイレ。
想像するだけで危なっかしいのだが、自分は何でも出来ると思っているので、慎重さも欠けていたのだろう。
私はズボッとトイレにはまり、胸から下はトイレの中、両腕を便器と床の左右にひっかけてぶら下がる形で何とか持ちこたえていた。

私の叫ぶ声で大人達が助けに来てくれたのだが、薄暗いトイレで大声で人を呼んでいた状況は今でも鮮明に記憶に残っている。

助け出された私は毛布に包まれてお風呂場に運んで行かれたのだけれど、お風呂場にいくにはSさんが反物を広げている部屋を通らなければならなくて、運ばれながらも、好きなSさんが来ている時にこんなことになっている自分が恥ずかしくていたたまれなかった。

おそらく、トイレにはまって恐かった事より、Sさんの前で恥ずかしい事をしたという思いの方が強かったのではないかと思う。

それ以降、Sさんのことをどうこう思ったという記憶がないので、みっともないところを見られたので好きではなくなったのかもしれない。なんとも自分勝手な話だが、これが人生の中で初めて恋心を抱いてそして終わった時ではなかったかと思う。


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