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心の中にある言葉

あなたは誰かと大喧嘩してその後ものすごく仲良くなったことがありますか?

私はほとんどありません。人と喧嘩にならないように、気に障るようなことは言わないようにしています。それは正直じゃないのかもしれません。言って後悔するより言わずに後悔したい、ということでしょうか。

そんな私にも一つだけ「大喧嘩してその後ものすごく仲良くなった経験」らしきことがありました。喧嘩とは違ったかもしれませんが。

私が新入社員で、入社して1年経っていなかった頃のことです。私が働いていた会社は織物会社で、西陣織の帯や着物や小物などの製造販売を行っていました。私は製造の部署で採用されましたが、1か月も経たないうちに資材関係の部署に欠員が出て、急きょそちらの部署に配属になりました。その後また製造部に配属になり、糸を巻く仕事を任されたばかりの頃のできごとです。

ある日、資材の先輩から能衣裳に使う糸を巻いてほしいと頼まれました。前任の先輩からは、製造部のAさんに渡して巻いてもらうようにと聞いていたので、私はAさんの所に糸を持って行き、巻いてくれるようお願いしました。Aさんは私より40歳ぐらい年上のベテランの方でした。

私の話を聞いたAさんは、突然怒り出して、「どうして私がそれをやらないといけないの!」という内容のことをまくし立て、自分の仕事場へ戻ってしまいました。私はあまりにびっくりして、どうしてよいのかわからず、何がいけなかったのかわからず、何か知っているかもしれない資材の先輩の元へ走りました。事情を説明すると先輩は「今までは何もなかったはずやけどよくわからん。わからんけどとにかく全力で謝って許してもらってこい!」と言いました。先輩たちから「○○ちゃん、頑張れ!」と言われて送り出され、私は謝って許してもらうしか道はないと覚悟を決めてAさんの元へ行きました。
Aさんは最初は拒絶するような様子でしたが、
「Aさんはお忙しいかもしれないのによくわからずにお願いしてしまってごめんなさい。失礼な言い方をしてしまったかもしれません。この仕事は今度から私がやりますので教えてください。」
などとAさんにお話しするうちに、Aさんはやわらかい表情になり、「私もごめんね」と言ってくださり、許していただけたのです。

Aさんに教えてもらいその仕事をやってみると、真冬はとても手が冷たくなり、簡単に人に頼めるような仕事ではないとわかりました。その糸は冷たい水にしっかり浸して水を均等に浸透させてから絞り、伸ばす必要があったのです。

Aさんとの間にそんなことがあった後、ある変化がありました。Aさんがニコニコしながら話しかけてくれるようになったばかりでなく、Aさんと仲の良かったBさんとCさんも、私にとてもやさしくしてくださるようになりました。お二人とも超ベテランの方々です。私の担当している仕事を、「あんた忙しいやろ。やっといたげるからそこ置いとき!」と頼んでいないことまで心安く引き受けてくださるのです。何が起こったのでしょう?先輩たちも不思議がっていました。

それからしばらくして私は念願だった西陣織の帯を織る仕事の担当になります。Aさんたちも喜んでくれました。
そんなある日、Aさんに声をかけられました。
「○○ちゃん、私は○○ちゃんの笑った顔が大好きなの。だからいつも笑っていてね!」
私はびっくりして「はい!」と答えました。

それから何年も経っていろいろなことがあった中でも、いつもAさんの言葉が胸の中にあります。Aさんの言葉を思い出して、「そうだ、私は笑顔でいよう」そう思うのです。

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