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思い出が離れ離れになってしまわぬように

私の20代前半、フォーラス仙台に行ったあとにお茶をするならリンデンバウムだった。

雑居ビルの狭い階段を3階まで登るとその店はある。コンクリート打ちっぱなしの壁に、黒革張りの椅子がなんともスタイリッシュ。でも、いつもお客さんで賑やかで、カウンター席の常連さんはお店のオーナー夫婦と地元のサッカーチーム、ベガルタ仙台の話をしているのである。

どのメニューも美味しく、チョコレートを使ったお菓子に、たっぷりのコーヒーが最高の組み合わせだと知ったのはこの店のおかげだ。

チョコレートケーキ、チョコレートパフェ、デビルスケーキ……

生チョコを彷彿させる濃厚なチョコレートムースの上に、ブラッドレッドのベリーソース、今でこそコンビニスイーツでも販売しているデビルスケーキを知ったのはこの店だ。

美味しいスイーツとコーヒーが出る上に、スタイリッシュさと親しみやすさが同居したお店なので、土日は客足は途絶えることはなく、しばしば入店できないことがある。

そんな時、お客さんはこういうのだ。
「じゃあチョコレートクッキーはありますか?」
チョコレートクッキーがテイクアウトできるのだ。

ここのチョコレートクッキーは小判のようないわゆる普通のクッキーとは違い、ブラウニーのような大きめの正方形なのである。袋の中にドーンと6個入っている。

それでいて食べるとゴロゴロとしたチョコレートとざっくりとした食感のココア生地で、確かにクッキー……

チョコレートクッキーのケーキみたいな重量感なのに3日も経たず消えてしまう。多分このクッキーの周囲の時空が歪んでるせいである。

2014年、カフェはケーキとクッキーのテイクアウト専門店になった。

私はお店から足が遠のいてしまう。仙台駅前の再開発で大型商業施設が軒並み集まり、服のブランドがそちらの商業施設の方が好みだったのだ。

2016年6月、私はたまたまお店の近くに用事があったので、ぶらりとリンデンバウムによった。もちろんあのチョコレートクッキーを買うためである。

奥さんがガラスのショーケースの前で微笑んでいる。
「冷蔵庫で冷やして食べてくださいね」
私は6個入った大きめのクッキーを、時空の歪みにより2日で平らげた。

私はこの行動を後々後悔する。

2016年7月2日に閉店してしまったのだ。

仙台の老舗有名店だったので、瞬く間に情報が広がる。閉店の事前予告はなく、2016年6月30日閉店だったのが、口伝えであっという間に売れてしまい、追加で製作し、翌々日までお店を開けたそうだ。

前々から京都に移住するのが夢だったらしく、行動力のあるオーナー夫婦は本当に宮城から京都に移住し、テイクアウト専門店を開いたのだ。

私は最後に買ったクッキーを1日1個ずつ大事に食べなかった事を後悔した。

もともと緩やかなペースで働くためにテイクアウト専門店にしたのだから、オンライン販売は望めない。京都に行けば売っているとはいえ、そうしょっちゅう行けるものではない。

私は京都に行かなかったことを後悔した。

2021年、未曾有のウイルスの流行で、不要不急の外出は控えるように通達される。あのクッキーを再現したくても、私の技術ではダークマターを産み出すことしかできない。

透明の袋にレンガのように積まれた入ったクッキーを持ち帰る。そのまま食べたい衝動を、奥さんの「冷蔵庫で冷やして食べてくださいね」の言葉を思い出し、これは明日に食べるのだと自分に言い聞かせる。

次の日、マグカップたっぷりのコーヒーを用意して、冷蔵庫からうやうやしくお皿にクッキーをのせるのだ。一口かじると、ざっくりとしたほのかにバターの香りを携えたココア生地が口いっぱいに広がり、次にゴロンとしたチョコレートがやってくる。

私は昨日の楽しかったデートやショッピングを思い出しなからざくざくと食べ進める。大きいはずのクッキーはいつの間かなくなってしまった。

そして遠く離れてしまった。

私は、あのクッキーの思い出が離れ離れになってしまわぬよう書き留める。

また食べられることを祈って。

ケーキ&クッキー リンデンバウム
075-746-5210



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