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『Tokyo発シガ行き➡︎』 (2019年3月号アーカイヴ/第5回) "わたしのCOSMIC BOX"

(※まずは出力してアナログにお楽しみになりたい方の為に原稿を貼ります)

がんこエッセイアーカイヴ2019.3

この冊子はA4にプリントされたものをペキペキ折って一箇所に切り目を入れるだけで冊子になるスグレモノです。笑。しかし!2021年現在の組版に慣れている方、この頃”がんこエッセイ”は黎明期。冊子字の大きさ小さくて読みにくい上に、縦書きなのに右側綴じです、すみません💦

     ✴︎ ✴︎ 以下、アーカイヴ ✴︎ ✴︎

この連載が始まった頃から“西友のねじりパン”と“駅前コーポラス”のことが書きたくて、ただその感覚の根源が何なのかわからなくて見送ってきたのだけれど、今回とにかく書き始めてみようと思い、YUKIちゃんの「COSMIC BOX」という曲を聴いてみたら不思議と“根源”の存在が見えてきた。そうか、わたしはわたしのコスミックボックスのことが書きたいのだろう。

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今年40歳になるので、もれなくJUDY AND MARY世代である。ファンクラブにも入っていた。バンドが解散してYUKI名義になった初期の曲に「COSMIC BOX」という曲がある。
“月で生まれた人は地球には戻れない”というまさにコスミック(宇宙的)なフレイズで始まるこの歌の ”公園の砂場から大気圏突入用のロケットに乗って、誰かが残したシャベルをコックピットにして還ろう”という部分を聴くと、わたしはいつもなぜか「駅前コーポラスの砂場」のことを思い出す。
思い出す、というより、時空が歪んで、わたしがどこにいたとしても、すぐそれを傍に呼び起こすような感じ。その時、砂場の脇にはフェンスと西友の駐車場があり、一緒に遊んだ同じマンションのちかちゃんがいて“たか鬼”をする時に一番安全なマンホールの上を越えれば、その先には西友のねじりパンがあるのである。

下の下の妹が生まれる9歳まで、西友の斜めの「駅前コーポラス」に住んでいた。だから「初めてのおつかい」は、西友の入ってすぐ右隣に入っていたパン屋さんだった。まだ西友のフロアの真ん中にアイスクリーム屋さんがあった頃。自分の目の前にはレジのカウンターがあった感じだからきっと身長は100センチもなかったのかもしれない。3歳とか4歳、通称ベスフレとして親しまれているわたしの姪と同じ年の頃。マンションにはママの赤いスプリンターが停まっていて(今思うとオシャレでロックであるな 笑)
そこの脇を通り過ぎ、マンホールの上をわざと歩き通りを渡って西友に到着する。みなさんもご存知2、3メートルほどの小さな通りだが、右左よく確認して、車がない時に急いで渡るようにきつく言われている。パン屋についたら「食パンとねじりパンください」と言うようになっている。ねじりパンはみんな知っているかな? 周りにグラニュー糖がまぶしてある、ねじった揚げパンみたいなもの。わたしは未だに西友のねじりパンを超えるねじりパンに出会ったことがない。

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記憶というのは面白いもので、このおつかいのことを思い出すと、駅前コーポラスから右左を確認して通りを渡り西友に入っていく自分の後ろ姿を、引きのアングルで見守っているもう一人のわたしに出会う。
(なんか2021年現在、アーカイヴしながら読み返してるが「"テネット"  by ノーラン」の時間の逆光みたいな話じゃない!?👀)

しばらく待っていると、西友の入り口から“わたし”が現れ、また右左を確認してから、タタタタッと急いでこの駅前コーポラスに帰ってくる。“根源”が見えないでこのモチーフを見送っていた間にこれについて考えてみた。そして多分、この引きの映像は、少し大きくなったわたしが母と一緒に、駅前コーポラスのベランダから「妹のおつかい」を見守っていた時の記憶なんじゃないかという結論に至った。わたしであって妹でもあるその小さい後ろ姿は、いまはベスフレのそれとも重なり、わたしはまたベランダから、小さく揺れるベスフレの髪でその存在を確認する。

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 不思議なことがたくさんあった子供の頃。カーテンの隙間から夜中に西友の駐車場の上を飛ぶおばけを見たこともあったけど、どうみても“ねないこだれだ”のあのおばけで、笑、今から思うとあれはおばけではないのだろうけれど、でも月ではなかった。おばけが飛んでいるその傍に月は煌々とあったから。西友の駐車場。あの場所も当然、フェンスを越えて入ってはいけないと固く注意されていたはずだけれど、駐車場を走り回っている記憶もある。西友が休みの日、だったのかもしれない。

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駅前コーポラスの奥にある砂場から、西友側ではなく、さらに奥側にフェンスを乗り越え、畑みたいなところを歩いてちかちゃんと冒険する。あたり一帯を歩き回って、今から考えるともうできないが(現在は虫がとても苦手)バッタとかコオロギとかを捕まえては放し、ぐるっと回って西友の駐車場の奥から帰ってくる。
“また明日も逢えるのに どうしていつも さよならがきらいになるんだろう”わたしもあの頃、さよならがだいきらい、ちかちゃんは同じマンションの上の階に住んでいるのに、日が沈んでちかちゃんと離れるのは今生の別れのようにかなしかった。

意味のある偶然を、誰かが、遠い昔から、今のわたしに伝えている。大人になった今のわたしが西友のあのパン屋に入る時。駅前コーポラスの前を横切る時。大人になったわたしには高さを感じない“たか鬼用”のマンホール。

西友のパン屋はなくなってしまって菓子パンの陳列棚になっているから、あのねじりパンもない。けれどあの時あの瞬間と同じ場所に今のわたしの時の座標が重なる時、きっとわたしの「宇宙の箱」の蓋は開いている。

“遥か遠い昔から 意味のある偶然を伝えているんだ 体の中から響くのは 懐かしい子守歌”夜には時を溶かし、銀河に変わるあの西友の駐車場。駅前コーポラスの貯水槽のてっぺんから、おつかいをした西友のパン屋から、YUKIちゃんの言葉を借りて、小さなわたしが意味のある偶然を、繰り返し繰り返しわたしに伝えている。

“伝わる言葉も全部無意味だとしても誰かが紡いだ愛と未来の歌をうたおう”
その時わたしは2019年の西友にあのアイスクリームを探している。もう台に乗らなくても、ショーケースの中を覗けるのに。4歳か5歳の頃、駅前コーポラスでわたしは初めて物語を書いた。自由帳で5冊ほどにもなる、わたしと妹の物語。喧嘩をした時に妹が半分をちぎってゴミ箱に捨ててしまったけれど、笑、なくしたものを取り戻そうとは思わなくて、わたしはまた続きを書き始めた。きっとあの砂場にわたしのコスミックボックスは今も眠っている。その箱を開け、この場所で、わたしは「いま」何かを書いてるんだろう。

〈 2019.3月号「わたしのCOSMIC BOX」/ 挿絵・杉田美粋(妹)〉

  ✴︎ ✴︎ 以上、アーカイヴ ✴︎ ✴︎

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そしてこのひと月後、わたしは”ちかちゃん”に髪をセットしてもらい、守山市立図書館でのトークショー「Gifted」に挑んだのであった。

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ちかちゃんは守山でお店を持って、美容室しています。
「LUDAN」というお店だよ。


なかじま・もかこ/ 守山市出身。1979年生まれ。附属中学→石山高校。2009年「蝶番」にて新潮社よりデビュー。 〈 挿絵・杉田美粋(妹)〉


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