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月曜モカ子の私的モチーフvol.222「ある時節の終わり/東京Oasis(2021)」 文 ナカジマモカコ

住む、という行為は恋愛に似ている。
それなりに心を尽くして相手と関わらなければならないところも、
最初があの場所、それからあそこに移って、あの場所はそこそこ長く住んだけど劇的ではなかったとか、あの場所は期間で考えると短いのだけど今思い返してもドラマティックだったとか、その遍歴を振り返る行為がすなわち自分の人生の軌跡をなぞることであることも似ているし、きちんと向き合って弔わなければ清新な気持ちで"次"を始められないところも似ている。

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匂坂(さきさか)くんという人がいて、
わたしはその人のことがとても好きだったし、今でも友だちとして、あるいは友だち以上に大好きなんだけど、じゃあ今は恋心がないからといって自分から連絡をしてちょくちょく会おうかという気分になるかというと、
仮に会ったとてまた「この人ほど色んなことがわかりあえる人はいない」と思うシンパシーと「この人ほどわたしがされて堪えられないと思うことをする人はいない」という苛立ちが混合されたジェットコースターみたいな関わりが再開し、意気投合と衝突を繰り返すことになると細胞でわかるとしたなら、ああ久しぶりに会いたいな、どうしてるかな、と思ったとて、匂坂くんに連絡してまた関わる気力が自分に湧いてこない。

匂坂くんは絶対に変わらないし、
(いい意味で)誰に対しても決して生き様を譲らない。

彼は相手の望んでいることを瞬時に把握し、人を楽しませる天才だけど、彼がそれを他意なくできる相手はどちらかというと「これから仲良くなりたい人」と「どうでもいい人」の2つに限定されており、匂坂くんの本質は実は真逆、深い関わりになればなるほど彼は相手がじぶんのためにどれだけ“譲り”尽くしてくれるかをとことん試すので——つまりはひとつたりとも合わせてくれないことが、彼とそれなりに深く関わっている証でもあるのだけれど——わたしを試すために、わたしがいちばん苦手とすること——2人で会うはずの日にそこに知らない人をブッキング(しかも今カノや元カノを)したり、大事な約束をしている日に絶対こちらがなじれないウソをついてドタキャンしたり——をじゃんじゃんやるので、
わたしは到底穏便な気分ではいられなくなる。

だからその恋愛が終わったとき、
その"おしまい"に向かってもんどりうっているときはうだうだしてなかなか"おしまい"にたどり着けなかったのに、いざ"おしまいから一歩"飛び出して、パタンと閉まる扉の音を聞いたなら、なんだかもうその音を境に時代が紀元前と紀元後に分かれてしまったように、その閉まった扉の音の方を振り返ることすらも、することができない、ましてや扉を開けてあの部屋に戻るなど、今は100億円もらっても難しい、という感じになった。
たぶん過去これまでの中でいちばん好きだった人なのに、たぶん今、匂坂くんに万が一恋人にならないかと言われても、断ってしまうだろう。断らざるを、得ない。そうしたくない、というよりは「そうできない」に近い感じ。

じゃあ匂坂くんを嫌いになったのかと言うと、今でも関わっていたころと同じように大好きで、関わりあっていた時期のことをひどく懐かしく、狂おしいほど愛しく思う。恋愛をしていた時期は、これ以上ないと思えるような心痛するトラブルが絶え間なく訪れ心底削がれる日々だったのに。

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なにが言いたいかというと、
わたしが昨日まで住んで、今日背中で閉まる扉のパタンという音を聞き、
これから弔おうとしている、あの孤高の塔のようなアトリエとそこで暮らした2年と2ヶ月の日々は、まるで、匂坂くんとの恋愛のような時節だった。
そう、今もこんなに愛して、あの場所の隅々までを美しいと思っているのに、
今日背中で扉が閉まる音を聞いたが最後、
やりなおさないかと訊かれても、
あの場所に駆け戻り、暮らすことは、

"もうできない"

訪ねてゆくことはできるけど、あの塔で、眠ったり、寝返りを打ったり、食事をしたり、歯を磨いたりは、とてもできない、と、いま、おしまいの"一歩外側"にいるわたしは、そう思ってしまう。

だからこれは弔いなのだ。
時間を逆行しないかぎり、その場所というより、あの場所で寝起きできたその感覚には戻れない。引き返せないという一点に置いて引っ越しは、弔いの儀式に似ている。住む、という行為は恋愛に似ていて、
家移りは、弔いににている。

微妙な感じでフェードアウトしていくことが許されないというところは、
恋愛よりもきびしい。

(↑映像作家の高橋佑と一緒に作った映画のような作品です。合わせてご覧ください)

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     <モチーフvol.222「ある時節の終わり/ 東京Oasis(2021)」>

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☆モチーフとは動機、理由、主題という意味のフランス語の単語です。
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