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京都から学んだ記憶とつながる街づくり

人や街から記憶される建物デザインを目指したいと思い始めたのは、京都に住んだ時に、街ってこんなにも人の生活に密接にかかわっているものなんだと深い感銘を受けたからです。

京都の魅力は簡単に語りきれるものではないとは思いつつ、街のどのような魅力が個々の生活に影響するものとして、何が大きいのか考えてみました。


① 職住近接(私の場合は学住近接)の効果

 ・千葉から東京の学校へ通学生活だった私は、通学の時間が当たり前でしたが、都内に住む友人たちとは時間の感覚が違うので、いつも先に帰路につかなければいけない。
 ・通常で1時間半かかるのに、家と反対の方角へ行くのは気が引ける。
 ・何より通学に時間がとられすぎる(往復3時間)
 ・街中をぶらぶらする余裕がなく、家と目的地(学校)の往復だけ
 ⇒それが、職住近接になると、生活と街とのつながりが大きく変化
 
職住近接は結局、その場所(街)で何かを経験する時間が増え、その時間で他の人と共有する時間が増え、大切な時間が増えるから魅力的なのだと思います。

私は学生での経験以降、職住近接の優先順位を上げました。
住宅・土地の価格から安易に千葉や埼玉、神奈川に住むということは選ばず、「職場などの拠点から近いこと」は、自分の中で大きな要素になりました。

もちろん、家族が増えたり、人生のフェーズで職住近接だけがベストとは思いませんが、街が好きだから建築を仕事にしている、というところが大きいと思います。


② 「都市計画」が人の記憶に結びつく

 京都は碁盤の目の道路でつくられた街ですが、住んでみる前は、シンプル、単純、逆にわかりやすすぎ?、深みがない?、昔の街はみんなそう、ニューヨークも同じじゃないか、といい印象はあまりありませんでした。

 ところが、実際住んでみると、知らぬ人同士の会話でも「烏丸五条」や「四条河原町」など、「通り×通り」をいうだけで、みんなが共通の認識でその場所を思い浮かべて、話が広がっていくんです。
 東京だったら、行ったことがなければ話についていけない、とはまでは言わないにしても、イメージをすることが難しくて、人と人の会話において、記憶に残る度合いが違った、と感じています。

 通り名だけでなく、鴨川や大きな寺社がランドマークになって、風景と一緒に記憶されていき、その記憶が人と人をつないでいく、そんな感じがしています。

京都鴨川の風景

 わかりやすさは、行きやすさ、つながりやすさ、安心感、テリトリー感、そういった感情と結びついていて、そういう少しづつの感情の積み重ねが、街への愛着とか、街へのプライドにつながっているのではないかなと思います。


③ 土地の歴史が人の生活に溶け込む

 京都は言わずもがな、歴史的な都市です。
伝統的な町屋の風景がつならる場所も残っているし、有名な近代建築も残っていたり、場所ごとにほぼ例外なく、歴史的な事件、歴史的な意味合いをもった場所であふれています。

 花見等の現代でも楽しまれている行事は、寺や神社の中でも楽しめるし、日々の生活で歴史や伝統を感じない瞬間はない、と思いました。

五重塔

 一方で、古い建物ばかりでもなく、新しいものもどんどん取り入れていて、「生活の中で感じられる時間軸が、昔々のものから、最新のものまで」という感覚が、千葉・東京にいた私からすると斬新で衝撃でした。

 自分が、人の長い歴史の中できちんとその延長線上にいるんだ、という感覚が、新しく、面白く、そしてどこか温かく、京都の街からそんな印象を受けました。

 そういう印象を受けた理由は、ただ街を眺めていたからではなく、
京都のお寺の修繕をしている左官職人の仕事を手伝ってみたり、京都らしい和食屋さんのお手伝いをしてみたり、そこで仕事をしている人たちが街や街の歴史と関わりのある仕事をしていて、そういう人と関わったからという点も大きな点です。
 
 京都の街づくりの条例、景観条例などを見ても、全員が、全体が街を大切にしている想いを共有していることがわかり、自分も大きな方向性に共感したのでした。

新旧が混在する京都の街


東京と京都を比べてみたとき

 私は、東京を拠点に設計をしていますが、東京と京都は全然違います。京都が新旧のバランスが旧6割というイメージだとすると、東京は新9.5割というイメージでしょうか。

東京の景色

東京の通りは複雑に絡み合い、曲がりくねった道は方向感覚を失わせ、通りの名前も覚えにくい、多くの人は電車移動がメインになるため、街の記憶は「駅を拠点とした記憶のつくりかた」になっていると思います。

 京都が「通り×通り」を主体にした記憶で、それを面的に広げる役割を果たしているとすれば、東京は「駅」を中心とした小さな円の集合体が街になっているイメージです。

 よく歩く人や、タクシー運転手の他、よく運転する人は、円と円が接するエリアも頭にインプットして、より面的な広がりを頭にイメージすることができるかもしれませんが、多くの人は断片的なイメージの集まりを持っているのではないか、と勝手に推測しています。

一方で、東京には、京都にはない魅力があって、
新しいものに対する感度は日本一、くねくねと複雑に絡みあう先にある店に、新しい発見があったりする、駅を中心とした街といったものの、実はそれらは連続しているところも多く、面白い街が連続していました。

正直、私は、そんなに長距離歩けません。
車も乗りません。
ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗るのも苦手。
ただ、電動自転車を購入してからは、世界が一変しました。

電動自転車に乗って、いろいろ街を横断して訪れると、今まで断片的だったそれぞれの街がつながって、東京の魅力に対する理解が深まった気がしました。

西は二子玉川・豪徳寺・下北沢、北は新宿・板橋、東は大手町・芝・豊洲など、いろいろ回ってみることで、いろいろな特色をもった街がこんなにぎゅっと集まっているというのを実感しました。

東京をさらに面白くする一石を投じたい

 私が、街が面白いと感じる要素は、京都で感じた3つの要素「職住近接」「都市計画」「歴史」でした。

 職住近接は個々人の話都市計画は土木や都市計画の話で、大きな組織設計以外では扱うのは難しい話。
 では「歴史」。これなら建築設計という立場でも一石を投じられると思いました。

清澄白河の街の魅力そのものをファサードにした提案(木×ギャラリー)

 街を面白くしたい、人の記憶とつながる街にしたい、という想いがあって、mocAでは歴史や土地の記憶にちなんだデザインを提案させていただくことが多いです。

豪徳寺の多くの招き(猫)を呼ぶテナントビル アーチで表現

 実際には、仮に歴史や場所性をテーマにしてデザインを作ったときに、全面的にそのコンセプトを打ち出してテナント等の利用者に共感を求めるケースもあれば、あくまで検討のプロセスという位置づけで、そのコンセプトは裏話程度にとどめておけばいいというケースもあり、臨機応変、ケースバイケースです。

 仮に裏話的なものであっても、誰かがどこかでその裏話を聞く機会があれば、街との小さなつながりがどこかで生まれていたはず、とひそかに想い、またそういう積み重ねが、大きな時間の流れの中で一石を投じることになるのでは、と思って提案を続けています。

下の事例は、西日暮里の共同住宅です。

投資家や居住者にとって一番重要な点は、
「出窓を大きくとって面積参入せずに、居住空間を広げる」
ことでした。

西日暮里の地名の由来

 ですが、別の角度から見ると、西日暮里は「新しい田んぼの開拓地」という由来の土地で、ファサードにも田んぼ道を表現しています、実は西日暮里にふさわしいデザインなんです、と言えることが、ちょっとした本当の「付加」価値になるんじゃないか、と思っています。

西日暮里の田んぼ道を表現した共同住宅

 コストや敷地条件などの制約もあり、あくまでプラスアルファの提案ですから、歴史性や場所性をテーマにするのが相応しくない場合には、もちろん他のアプローチをとることもあります。
 そもそも個人住宅では、こんなことより外観含めて建て主の希望を表現することが大事ですので!

そんなこんなで、京都で学んだことのほんの一部を、東京でも実践してみつつ、京都の真似をするのではなく、東京なりの記憶とつながる街づくりを目指したいと思って提案を続けていければと思っています!


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