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光りろん研究室 M1 輪講第二回


初めに

昨年度に引き続き馬場研究室に所属します, 修士1年生の中尾です。
今年度は学部4年生5名, 博士課程1名(予定)が加わり,  昨年度よりも活気に満ちあふれているように感じます。
今年度の研究室では「活発な議論」が行われていますので, その内容を少しでも記録に残せたら…というモチベーションでnoteを執筆出来たらと思います。

修士1年生の輪講では, 「幸田清一郎, 小谷正博信, 染田清彦, 阿波賀邦夫(2011) : 大学院講義物理化学 第2版」を用いて行っています.
大学受験以来, まともに化学を勉強していなかったので, 新鮮な気持ちで「物理化学」という内容に取り組むことが出来ています.

光りろん研究室では, 修士生の物理化学の輪講はもちろん, 学部生の 共振器電磁気学の輪講(使用している教科書は, 「越野和樹 : 共振器電磁気学 量子コンピュータのハードウェア理論, サイエンス社」です. )に参加される方を学内外問わず募集しています!


「研究室選びの参考にしたい」「量子情報の理論に興味がある」「理論の研究室って何してるの?」など, どのような動機でも歓迎します!


光りろん研究室はオンライン環境が整っていますので, 遠方の方でもオンライン参加が可能です!
興味のある方は気軽に馬場基彰准教授(bamba-motoaki-pc@ynu.ac.jp)までご連絡下さい!

1. 単純衝突理論と二分子反応速度定数

 単純衝突理論では, 剛体とみなした A,B球形粒子聞の 2体問 衝突について衝突方向の相対運動のエネルギーがある閾エネルギー$${E_0}$$を越えたときに,確率 1で反応すると考える. 
相対運動の速さが$${v\sim v+dv}$$, 衝突の瞬間に相対運動の方向とA,B分子聞の中心軸のなす角度が $${\theta\sim\theta+d\theta}$$であるような衝突数$${Z(v,\theta)dvd\theta}$$を求める.
軸周りの円環の面積$${2\pi d_{AB}^2\sin\theta\cos\theta d\theta}$$に単位時間に入ってくる相対速さ$${v}$$のA分子の数に, B分子の数密度$${n_B}$$をかけたものに等しい. 従って,
$${Z(v,\theta)dvd\theta = n_A n_B \times 2\pi d_(AB)^2 \sin\theta \cos\theta d\theta vf(v)dvd\theta}$$
単純衝突理論に基づいて, 反応速度は$${Z(v,\theta)dvd\theta}$$の内, 中心軸方向の衝突エネルギーが$${E_0}$$以上であるものを求めることで得られる. 
このためには上式の積分範囲を
$${v^2>2E_0/\mu}$$
$${0 < \theta < \cos^{-1}\left(\frac{2E_0}{\mu v^2}\right)^{\frac{1}{2}}}$$
とすればよい. $${\theta}$$に関する積分を行うと反応速度$${r}$$は, 
$${r=  n_A n_B \pi d_{AB}^2 \sin\theta \cos\theta d\theta vf(v)dvd\theta}$$
この式と速度定数を比較することで, 反応断面積$${\sigma(E)}$$を求めることができる. 
反応断面積$${\sigma(E)}$$から, 熱平衡下での速度定数$${k(T)}$$が求めることができるので, $${E_0 = 0}$$の場合で計算を行うと, $${k(T)}$$は剛体球間の衝突頻度因子等しいことがわかる. 



2. 2体間衝突の軌跡と散乱断面積

 この節では, 2体間の衝突にみられる力学的挙動を調べることで, 古典力学の散乱(scattering)現象を理解する. 

2.1 2体間弾性衝突の力学

 中心力ポテンシャル$${U(r)}$$($${r}$$は二個の粒子の中心間距離:二個の粒子はA, Bで区別する)の場における内部構造のない球形粒子どうしの衝突を考える.
取り扱いを簡単にするためには, 重心座標系(Center of Mass Sysytem ; CMS)で考えるのがよい. CMSにおける, 2粒子の持つ運動量$${\bm{P^*}}$$, 角運動量$${\bm{L^*}}$$, 運動エネルギー$${T^*}$$は以下のようになる. 
$${\bm{P^*} = \bm{0}}$$
$${\bm{L^*} = \mu(\bm{\dot{r}} \times \bm{\dot{r}})}$$
$${T^* = {1 \over 2} \mu \bm{\dot{r}} \centerdot \bm{\dot{r}}}$$
この結果, 二体間の問題は, 質量$${\mu}$$をもつ仮想的な粒子が, ポテンシャル$${U(r)(r\to\infty で U(r)\to0)}$$の中で散乱されていると考えられる. 中心力場なので, 相互作用力$${\mu\bm{\ddot{r}}}$$は常に$${\bm{r}}$$軸に沿っている. この結果, 
$${\bm{\dot{L}}=\mu d(\bm{r} \times \bm{\dot{r}})/dt=\mu(\bm{r}\times\bm{\ddot{r}})=\bm{0}}$$ 
となり, $${\bm{L}}$$は保存量である. $${\bm{r}, \bm{\dot{r}}}$$は固定された$${\bm{L}}$$の方向に対して常に垂直であり, 相対運動は$${\bm{L}}$$に垂直で$${\bm{r} と \bm{\dot{r}}}$$を含む平面で進行する.
中心力場では, 極座標表示の方が計算が簡単になることが多いので, 全エネルギー$${E}$$と角運動量の大きさ$${L}$$を極座標表示する.(相対運動が面$${S}$$に限定されているので, 二次元極座標表示で十分)
$${E = T(r) + U(r) = {\mu(\dot{r}^2+r^2\dot{\theta^2}) \over 2}+U(r)}$$
$${L = \mu r^2 \dot{\theta}}$$
以後に示すように, $${EとL}$$を連立して解くことによって, 運動の軌跡(trajectory)を求めることができる. 

2.2 運動の軌跡と偏向角

 弾性衝突の進行過程を考える. 遠方での相対運動の速さを$${g}$$, 衝突係数(impact parameter)を$${b}$$で表す. ただし衝突係数とは散乱によって偏向(deflection)が起こらないとしたときに, 二つの粒子が最接近する距離を意味する. 粒子が相互に接近すると散乱によって運動の方向が変化していく. 散乱終了後の方向の変化は偏向角(deflection angle)$${\chi(=\pi-2(\theta)_c)}$$で評価される. ここで, 下付きの$${c}$$は最接近した位置を意味する. 

角運動量とエネルギーの間には以下の関係が成り立っている. 
$${L = \mu g b = b(2 \mu E)^{1/2}}$$
また, 2.1節で示した$${E,L}$$の関係式を用いることで, 全エネルギー$${E}$$は次のように書き直すことができる. 
$${E = {1 \over 2} \mu \dot{r}^2 + E(b/r)^2 + U(r)}$$
を得る. 
$${U_{eff}(r) = U (r) + E(b/r)^2}$$
とおくと, 対象としている運動は, 実効ポテンシャル(effective potential)$${U_{eff}(r)}$$のもとで全エネルギー$${E}$$を保った$${r}$$軸上の運動とみなすことができる. $${U_{eff}(r)}$$の右辺第二項は, 一般に遠心力ポテンシャル(centrifugal potential)とよぶ.
これまでの議論から, 代表点の運動の軌跡($${r, \theta}$$の関係)を考えることができる. 
$${\theta(r) = \int_{-\infty}^{t} {L \over \mu r^2} \ dt}$$
$${              =-b \int_{\infty}^{r} {1 \over r^2(1-{b^2 \over r^2}-{U(r) \over E})^{1/2}} \ dr}$$
最近接距離$${r_c}$$まで積分することで偏向角$${\chi}$$が得られる. 
$${\chi(E,b) =\pi - 2b\int_{\infty}^{r} {1 \over r^2(1-{b^2 \over r^2}-{U(r) \over E})^{1/2}} \ dr }$$
偏向角$${\chi}$$によって, 二体間衝突の散乱を考えることができる. 

2.3 微分断面積と全断面積

 すでに論じたように中心力場では, 二体間の運動は衝突前の相対位置ベクトル$${\bm{r}}$$と相対速度ベクトル$${\bm{v}}$$のつくる面内にある. 一方, その面は通常,実験的に規定することはできず,多数の衝突の組 に対して特定の優先の向きがない. このため,散乱の方向は方位角$${\phi}$$に依存せず, 散乱は図3に描かれたように円軸対称性をもつ. 
幅$${db}$$の円環の面積$${2 \pi b db}$$を通ってきた粒子は, 図3の右側の円環部分(立体角$${2\pi \sin \chi d\chi}$$)を通って散乱される. 角度$${\chi}$$の方向に散乱される粒子に対する単位立体角あたりの断面積(これを微分散乱断面積(differenti alscattering cross section) という)を$${\sigma_d(E, \chi)}$$とすると, 円環全体に対する散乱断面積$${\sigma_d(E, \chi) \times 2\pi \sin \chi d\chi }$$は断面積$${2 \pi b db}$$に等しいから, 
$${\sigma_d(E, \chi) \times 2\pi \sin \chi d\chi =2 \pi b db }$$
の関係が成り立つ.  ゆえに, 
$${\sigma_d(E, \chi) = {b \over \sin \chi |{d\chi \over db}|}}$$
の関係が得られる.
全散乱断面積(total scattering cross section)$${\sigma(E)}$$は微分散乱断面積を全立体角にわたって積分して求めることができる. 
$${\sigma(E) = 2\pi \int_{0}^{\pi} \sigma_d(E, \chi) \sin \chi  \ d\chi =2\pi \int_{0}^{b_{max}} b \ db}$$
上式より, $${\chi}$$が$${E, b}$$の関数として求まれば, 微分散乱断面積, 全散乱断面積を決定することができる. 

2.4 Lennard-Jones ポテンシャルにおける軌跡と散乱

通常, 相互作用ポテンシャルは引力部と斥力部を含む. このような場合, 散乱挙動は非常に複雑になる. 例えばLennard-Jones(L-J)ポテンシャル
$${U(r) = 4\epsilon(({\sigma \over r})^{12} - ({\sigma \over r})^6 )}$$
に対して運動の軌跡は解析的には解けず, 数値計算を必要とする. 以下では, L-Jポテンシャルにおける代表的挙動を数値計算結果に基づいて示し, その内容を吟味する. 
取り扱いを簡単にするため, 以下のように無次元化を行う. 
$${r^* = {r \over \sigma}, r_{c}^* = {r_c \over \sigma}, b^* = {b \over \sigma}}$$
$${g^{*2} = {1 \over 2}{\mu g^2 \over \epsilon} = {E \over \epsilon}, U^* = {U \over \epsilon}, U_{eff}^* = {U_{eff} \over \epsilon} }$$
以下, この無次元化量を用いて議論を行う. 

ポテンシャルの引力項の影響により, 入射粒子は重心まわりを無限に回転するオービティング (orbiting)という状態が生じている. 
一般に$${g^{*2}(={E \over \epsilon})}$$が$${0.8}$$よりも小さい場合には, 実効ポテンシャルの極大値と入射エネルギーとが等しくなる, ある$${b^*}$$が存在する. その$${b^*}$$において, オービティングは生じる.

なお, $${g^{*2}が0.8}$$を超えると実効ポテンシャルの極大値と入射エネ ルギーとが等しくなる点は生じず, したがってオービテイングに至ることはない. しかし, この場合でも, ある$${b^*}$$において$${\chi}$$に極小値が生じ, $${d\chi / db \to 0}$$となる. 
$${\sigma_d(E, \chi) = {b \over \sin \chi |{d\chi \over db}|}}$$
とかけるので, $${d\chi / db \to 0}$$が起こる$${\chi}$$のとき, 微分散乱断面積$${\sigma_d(E, \chi)}$$は発散する. このときの偏向角をレインボー角(rainbow angle)$${\chi_r}$$という.



3. 長距離引力とイオン分子反応

イオンと中性の分子の間で進行する反応をイオン分子反応(ion molecule reaction)という.
多くの場合, その速度定数は大きく, また温度依存性はごく小さいなどの特徴的な挙動を示す. この挙動は, イオンと, イオンが開いて分子に誘起する双極子の間の長距離引力に基づいて説明できることが多い. 前節で述べた, 散乱断面積の概念に基づいて考える.
イオンが開いて分子に双極子を誘起するとき, その間の相互作用ポテンシャルは$${r^{-4}}$$に比例し, かなりの長距離でも相互に引力を及ぼし得る. 

例)一価のイオンの場合
$${U_{eff}(r) = {- \alpha e^2 \over 2(4\pi \epsilon_0)^2 r^4} + E({b \over r})^2}$$
 ただし, 近距離の斥力項は以後の議論において重要ではないので, 上式には加えていない.  障壁の頂点の$${r=r_{max}}$$は, $${{dU_{eff}(r) \over dr} = 0}$$を計算して求めることができる. また障壁の高さは,
$${U_{eff}(r_{max}) = {(4\pi \epsilon_0)^2 E^2 b^4 \over 2 \alpha e^2}}$$
となる. $${E}$$が$${U_{eff}(r_{max})}$$に等しいときは, オービティングに相当する. このときの衝突係数$${b_{max}}$$は
$${b_{max} = [{2 \alpha e^2 \over (4\pi\epsilon_0)^2E)}]^{1/4}}$$
である. $${b_{max}}$$が反応断面積を与えるので, 反応断面積$${\sigma(E)}$$は
$${\sigma(E) = \pi b_{max}^2 = \pi [{2 \alpha e^2 \over (4\pi\epsilon_0)^2E)}]^{1/2}}$$
となり, この断面積をLangevinの断面積という. 従って, 熱平衡下の速度定数(Langevin 速度定数)として, 
$${k(T)=[{4\pi^2 \alpha e^2 \over (4\pi \epsilon_0)^2 \mu}]^{1/2}}$$
を得る. この式から, 熱平衡下のイオン分子反応の速度定数が温度に依存しないことがわかる. 



4. 詳細つり合いと微視的可逆性の原理

正逆素反応間の平衡と速度定数の関係を表す基本的な関係に, 詳細つり合い(detailed balance)の原理がある. 例えば以下の反応
$${A_1 \rightleftarrows A_2}$$
が平衡状態にあるとき, 
$${{dC_{A1} \over dt} = -{dC_{A2} \over dt}=0}$$
であり, 従って, 
$${-k_1C_{A1,e} +k_{-1}C_{A2,e}=0}$$
が成立していると考えられる. 下付きの e は平衡下での濃度を意味する. 
この式より, 速度定数と平衡定数の関係, 
$${{k_1 \over k_{-1}} =({C_{A2,e} \over C_{A1,e}}=)K_e}$$
が得られる. これが詳細つり合いの原理の式表現である. 詳細つり合いの原理は, 微視的可逆性(microscopic reversibility)の原理を巨視的な視点に移したものである.



5. 最後に

今回の輪講の重要な点は, 二体間の衝突の力学を考えることから出発し, 散乱断面積$${\sigma(E)}$$という概念を考え, エネルギー$${E}$$と結びつけました. Arrhenius式に代入することで, 速度定数が求まることで, 化学反応の様子がわかるという展開でした. 



p.s.  物理工学の研究室対抗ソフトボール大会

先日, 小坂研究室主催の下, 横浜国立大学の物理工学の研究室対抗でソフトボール大会が行われました. 天候にも恵まれ, 楽しい一日を過ごすことができました. 

先日のソフトボール大会の様子

参考文献

1.  幸田清一郎, 小谷正博信, 染田清彦, 阿波賀邦夫(2011) : 大学院講義物理化学 第2版, 東京化学同人






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