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1.『屋上のふたり』

昼休憩になると、俺は校舎の屋上に行く。貴重な休み時間をあの窮屈な生徒指導室で過ごすのは、正直ごめんだ。

抜けるような青空の下、屋上の柵に寄りかかりながら煙草を吹かす。立ち上っていく煙が、空に浮かぶ巨大な入道雲に吞み込まれていくように見えた。

「あ。センセ~!やっとみつけた~」

立ち入り禁止で、俺以外に誰もいない筈の屋上に、なんとも生意気な声が響く

「も~。何処にもいないから探しましたよう」

「…随分と、元気な声だな。これは課題をやってきたに違いない。見せてみろ」

「・・・。この前やってたテレビg」

「露骨に話を逸らすな」

 こいつは学校の問題児『中居ユキ』。不登校は当たり前。他校の連中と喧嘩をしたりうちの備品をぶっ壊したりとやりたい放題だ。なぜか俺を気に入っているようで、気まぐれに登校してきては、やかましく絡んでくる。このチビは俺の憩いの時間も破壊したいらしい。

 センセーだって立ち入り禁止の屋上でヤニ吸ってるじゃないですか~、などと聞こえるが無視だ。ここを独占する権利は、毎日のように埃臭い指導室でこの学校の問題児どもを相手にする生活指導教員にのみ、許された特権だ。校長から言われたのだから間違いない。


「センセ―。火、貸してくださいよ」

 セブンスターを咥えた中居は、さも当たり前のことのように白い手をこっちに伸ばしてきた。

「ガキがいっちょ前に煙草なんか吸ってんじゃねえ。ダメに決まってるだろ。それに、ライターは丁度オイル切れだ。残念だったな」

 まあ。嘘だが。

「ありゃりゃ。それは残念…。でも、代わりがあるじゃないですかぁ。」

「代わり?」

「そーそー。こ・こ・に♪」

 中居がニヤつきながら自分の口元を指さす。…なるほど。俺の煙草のことらしい。

「あー。でもこれって確か“シガーキス?”ってヤツでしたよねー。センセー、このままだと私とキスすることになっちゃいますけどぉ?」

 更にニヤニヤしながら顔を近づけてくる。

…こいつは余程、俺をからかうのが面白いらしい。大方、俺が顔を真っ赤にしながら取り乱すことでも期待しているのだろう。

だが、その思惑には乗ってやらん。

「…今回だけ特別だ」

 そう一言だけいうと、しゃがんで、グイっと顔を近づける。両方の煙草の先端が当たる。ンぐッ!?、と変な声が聞こえた。

「あ、あの…。センセー?」

「もっとちゃんと吸え。火が移らんぞ」

「・・・・・・。」

 夏特有のぬるい風が吹く。中居の香りと柔らかな前髪が、鼻の頭をくすぐった。

 煙草に火が付いたことを確認し、立ち上がる。暫く煙草を味わいながら、屋上から見える穏やかな午後の風景を眺めていたが、ふと違和感に気が付いた。静かすぎる。
 隣を見やると、中居がしゃがみ込み、ぎこちなくセブンスターを吸っていた。

「どうした?具合が悪いのか」

「…いいえ」

「何か悩みでもあるのか?お前は何かを気にするほど繊細な奴じゃないと思うが」

「うるさいですね」

 …随分と大人しい。いつもなら、ベラベラとやかましくしゃべり続けるのだが。表情は影になって見えない。ただ、中居の耳辺りがほんのりとピンク色になっているような気がした。

 いつもなら聞こえない。セミの鳴き声・小鳥のさえずり・かすかに聞こえる学生たちのはしゃぎ声…。周りの音たちは、新鮮な驚きとなぜか少しの寂しさを連れてきた。

 この日。中居は一言も喋ることはなかった。

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