ただの失恋

仕事をしていても、昼食を食べていても、湯船に浸かっていても、あの日からずっと目が覚めていない気がする。味のないゼリー寄せの中に閉じ込められているような、肺の大きさが二周り小さくなってしまったような、ふわふわした息苦しさがずっとある。蝉の鳴き声が少し遠くなって、日差しの勢いが柔らかくなって、お手本のような夏の終わりの気配。腕時計の日焼け跡を無意識にこすっている。

彼氏と別れた。
「うーん、結婚はしなくてもいいかな。ずっと一緒に居られたら僕はそれで」土曜の昼、私の問いかけにそう答えながらPS4のコントローラーを手放さない背中が赤の他人のようで目眩がして、これ以上はきっと無理だと思った。いやべつにすぐに結婚したいとか、そういうことを言ってるんではなくて、いくら打ってもひとつも響かない広大な宇宙の静けさ、全てを吸い込む無、そんなものを大げさに感じて涙がすこし出た。こちらを振り向きもしないその目は何処を見ているんだろう。その3日後に別れようと告げた。
一緒に住んでいたのだけれど、解約のタイミングや次の住まいを探す必要もあってすぐには引っ越せない。私が新居を見つけるまでは一緒にいよう、と約束をして、ふたりとも少しだけぎこちないながら、いつもどおりに、休みの日は遊びに出かけたりもした。それでも心が遠くにあるのは手にとるように分かって。ベッドは一つだから、やっぱり今まで通り並んで寝た。髭の伸びた、うっすら口のあいた寝顔を見ているとふと涙が出ていて驚く。aikoの歌詞か。家にいるのもつらいので、残業したり予定を詰め込んでみたりと外にいる時間を増やしたものの、積み重なった時間は地層のように重厚でびくともしないのだ。見るもの触れるものすべてが鋭いツルハシになって思い出を掘り返すのを止められない。そういやココイチで喧嘩したな、彼のお気に入りのスニーカーと同じ色だ、カンブリア紀から第四紀に至るまで飽きることなくごろごろと化石が発掘されては、手にとって眺めて泣いている。馬鹿だって知ってるけど止まらないものは仕方がない。

神様はきっと僕達のことまで目が届いてないんだから、君がずっと僕を見ててよ、僕は君のこと、ずっと見ているから。

思えば甘えっぱなしだったし、甘やかしっぱなしだった。敗因は明確だけど、まあ気づけただけ良かったよねなんて日和見主義な結論を出したところでどうにもならないな。彼という精神的支柱を失うその怖さは、若さや前途や未来のような、本来何よりも大切にしなくてはいけないかがやきの前にどっしりと横たわって、その光をたやすく霞ませてしまう。偶像じゃだめだって分かっているくせに、すがったって仕方ないのに。時間先輩が忘れさせてくれるのを待つしかない?育てていたエバーフレッシュに花が咲いたとか、作ったカレーが美味しいとか、しばらくはそんなミスプリントで息継ぎをしなくては。自分の二本の足だけで立ってこそ自分も相手も幸せにできるとかそんなことは最初から分かってんだよすきだったんだからしょうがないだろ。

!!???!?!???!?!?!