[BtoB SaaS] マーケティング立ち上げガイド

BtoB SaaSのスタートアップでマーケティングを立ち上げました。当時の従業員数は10人弱で、プロダクトは年商10億円以上の企業をターゲットとする、月額費用が数十万円のSaaSでした。これから立ち上げる方の参考になればと思います。

ところで、BtoB SaaSのビジネスプロセスには2つの類型があります。

ネット完結型:SlackやBacklogのように、オンラインで購入し決済する。インサイドセールスとフィールドセールスがいないことが多い。
営業アサイン型:SalesforceやSansanのように、オフラインで営業担当者と交渉し契約する。「マーケティング → インサイドセールス → フィールドセールス」という流れ。

この記事のテーマは「営業アサイン型」です。

マーケティング立ち上げの流れ

大まかな流れは以下のとおりです。

1. どんなブランドにしたいのかを決める
2. ビジネスプロセスの全体像を書く
3. ビジネスインフラを構築する
4. マーケティング施策を実行する

4つのステップ、それぞれ見ていきましょう。

1. どんなブランドにしたいのかを決める

経営者やプロダクトマネージャーと議論し、以下の6項目を決めます。

ターゲット:攻め先のセグメント。「業種・業態・売上高などで絞り込んだ企業群」と「部門・役職で絞り込んだ人物群」の2段階で設定する。
インサイト:悩みの核。そこを突くと強く共感してもらえる。
コアバリュー:ひとことに集約した価値
パーソナリティ:ブランドの人物像
ベネフィット:心理的・物理的な便益
エビデンス:論拠・事実・スペック

進め方は、
(1) 関係者全員で集まり、それぞれの項目について各自アイデアを付箋に書き出して発表し、発散・集約していく。マーケターがファシリテートする。
(2) マーケターが6項目を一枚の絵にまとめ、関係者全員で読み合わせて確定する。
というものでした。

この絵が後々、マーケティング施策やコンテンツを企画したりレビューするときの原点ないし判断材料となります。また、新入社員向けのトレーニング資料、VC向けのピッチ資料など、マーケティング以外の場面でも使えます。

なお、書籍「デジタル時代の基礎知識『ブランディング』」を読んでおくと良いです。一枚の絵にまとめるときも、この本のP.71の図解を参考にしました。

2. ビジネスプロセスの全体像を書く

リード獲得から解約まで、すなわち入口から出口まで、どのようにSaaS事業を運営していくかの全体像(ビジネスプロセスマップ)をまとめます。ビジネスプロセスは、「自社の販売プロセス(裏返すと顧客の購買プロセス)」と「バックオフィスの業務プロセス」の2つに分けて考えます。

実際にやったこととして、以下の流れで全体像をまとめました。

(1) "購買プロセス"と"販売プロセス"を対応付けたマップをつくる
(2) "顧客の悩みや要望"、"施策とKGI/KPI"をマップに書き足す
(3) バックオフィスの業務プロセスをまとめる

それぞれについて見ていきましょう。

-- (1) "購買プロセス"と"販売プロセス"を対応付けたマップをつくる --

顧客の購買プロセスの例:①気づく・出会う・紹介される → ②問い合わせる → ③アポイントを確定する → ④デモを見る・事例や使い方や価格を知る → ⑤見積書/発注書を見る・契約する → ⑥導入する → ⑦操作方法を学ぶ → ⑧運用する → ⑨効果を実感する

自社の販売プロセスの例:マーケティング(リードジェネレーション)→ インサイドセールス(リードナーチャリング&クオリフィケーション&ピッチ)→ フィールドセールス → カスタマーサクセス(インプリメンテーション&オンボーディング)→ カスタマーサポート
-- (2) "顧客の悩みや要望"、"施策とKGI/KPI"をマップに書き足す --

顧客の悩みや要望:ブランドを決めるときと同じく「関係者全員で集まり、それぞれの項目について各自アイデアを付箋に書き出して...」というやり方で、購買プロセスごとにまとめます。
施策:顧客の悩みや要望を解決するための打ち手の候補を書き出します。「どれをやるか」「どこからやるか(優先順位)」は後で考えます。
KGI/KPI:自社の販売プロセスごとにKGI/KPIの候補を書き出します。「どれを正式採用するか」「どう計測するか」は関係者と別途すり合わせます。
-- (3) バックオフィスの業務プロセスをまとめる --

大まかな流れは「契約 → 請求 → 入金 → 更新/変更 → 解約」です。各ステップで「どのようなイベントをトリガーに、誰が、どのシステムで、何をするか」をまとめます。たとえば、「解約申し込みがformrun(Slack通知)で届いたら、バックオフィス担当者が、"管理画面(会社によってはアドミンとかマネシスと呼び方をしている)"と"Salesforce"で解約フラグを立てる」などです。

マーケティングとは「売れる仕組みづくり」ですし、スタートアップはとにかく人がいないので、バックオフィスの仕組みづくりもマーケターがやります。

なお、ビジネスプロセスの全体像をまとめるにあたり、書籍『ザ・モデル』を読んだり、同じく「営業アサイン型」であるSFDC社やSansan社などの実例を見ておくと良いです。

3. ビジネスインフラを構築する

「自社の販売プロセス」と「バックオフィスの業務プロセス」が決まりました。次は、そうした業務を遂行/管理するためのシステムを用意していきます。平たく言うと、仕事をするための道具を整えるということです。

以下では、「自社の販売プロセス」を遂行/管理するためのシステム(ビジネスインフラと呼びます)として何を導入したかを書きます。「バックオフィスの業務プロセス」を支えるシステム(要は会計システム)は、税理士・会計士とも相談して決めると良いです。

マーケティング立ち上げ時にビジネスインフラとして導入したシステムは次のとおりです。

-- マーケティング:ブランドサイト(製品紹介サイト) --
WordPress on Amazon Lightsail:ブランドサイトのCMS
Gravity Forms - Pro License:WordPressのフォーム作成プラグイン。個人情報管理はプライバシーマーク・ISMS・上場前監査などで後々チェックされるので、少しお金がかかっても良いツールを選んでおく。
Zapier - Starter:Gravity FormsとSalesforceとSlackを連携
Google Tag Manger、Google Analytics、Google Search Console

-- マーケティング・セールス・カスタマーサクセス共通 --
Salesforce Sales Cloud - Enterprise:ビジネスインフラの中核的存在
SansanSalesforceと連携
Zeplin - GROWING BUSINESS:デザイナーとのやりとり
ZOOM - プロ:ベルフェイスより安価で使い勝手が良いと思って選んだ。

-- カスタマーサクセス --
Backlog - プレミアムプラン:案件のスケジュール・Wiki・ファイルを顧客と共有。UIが今風(モダン)ではないけど、同等のことを同等の価格でできるサービスが他に見当たらなかった。
formrun - STARTER:解約申し込みフォーム、アンケートフォーム、その他フォームで利用。Slackと連携。

-- カスタマーサポート --
Zendesk:別記事「カスタマーサポート立ち上げガイド」を参照

上記の他、会社全体ではSlack - Plus、G Suite - Business、Kibela - スタンダード、会計freee、人事労務freeeを使っていました。

こうしたシステムの導入設定を誰がやるかですが、従業員10人弱の規模のスタートアップだと、プロダクトマネージャーがやるのが良いです。理由は、他社SaaSを契約し自分で設定してUX/UIに触れることで、プロダクトやサービスを改善するための引き出しを増やせるからです。

当時は、プロダクトマネジメントとマーケティングを掛け持ちしていたので、デザイナーとエンジニアに依頼した部分を除いて、自分で導入設定をやりました。

4. マーケティング施策を実行する

ブランドサイトを含めてビジネスインフラをつくり終えたら、次は施策の実行です。実行フェーズでのポイントとして次の4点を書きます。

・OK to fail. Be agile.
・「リアプライ」
・ロゴと事例
・データマネジメント

  4-1. OK to fail. Be agile.

販売開始後3ヶ月で、全チャネルで施策を試します。施策には当たり外れがあります。当たりの施策を特定したら、再現可能となるよう手順を文書化し、4ヶ月目以降はそれを重点的に実行します。

全チャネルでの施策とは、たとえば以下のようなものです。

広報:プレスリリース(PR TIMES)の配信、業界紙・専門誌・メディアサイトでの記事掲載や寄稿
広告:記事広告、メディアサイトでのバナー広告・メール広告、Google広告、facebook広告
イベント:展示会、VCや銀行が実施するピッチイベントや商談会
その他:ダイレクトメール(封書)、銀行のビジネスマッチングサービス

当時のことですが、"当たり🎯"だった施策は「業界紙・専門誌・メディアサイトでの記事掲載」と「ダイレクトメール(封書)」の2つでした。いい成果が出た理由は、"ターゲットの企業・人物"に、"会社・創業者・プロダクトの個性と価値"が”ストーリー"に乗って伝わったから、だと考えています。要素をそれぞれ見ていきます。

ターゲットの企業・人物:「どの部門のどの役職の人に接触すべきか」までわかると、マーケティングとセールスの生産性が高まる。
会社・創業者・プロダクトの個性と価値:プロダクトの価値だけだと感動があまりない。論理だけでなく感情を刺激するような内容になっているか。
ストーリー:どのような経緯でそのプロダクトをつくったのか(創業者の原体験)。会社とプロダクトは正直ベースで今どういう状態なのか。

話をもとに戻しますが、大事なことは「小規模(少予算)でもとにかく多く施策を実行し、何が効くかを早く見極めること」です。このあたり、『グロースハック完全読本』や『リーンシリーズ』も読むと良いです。

  4-2. 「リアプライ」

3ヶ月間で全チャネルでの施策をひとりで回すため、森岡毅氏の言う「リアプライ」を随所で実践しました。

外からアイデアを盗んでくることで、圧倒的なスピードと、どこかで実際に消費者に試されていることによる成功確率向上の2つのメリットを、同時に得ることができます。

--『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか』P.157

2つ3つ例をあげると、次のようなことを実際にやりました。

ブランドサイトをつくるとき:国内外の有力/有望なBtoB SaaSのサイトを見まわって、いいなと思った部分を取り入れる。また、実装の時間と費用を抑えるため、WordPressのテーマ集を見て、良いものを買う。
サイトや展示会で流す動画をつくるときSandwich Videoなど実力あるエージェンシーが制作した動画を見まわってアイデアを得る。
展示会で配るパンフレットをつくるとき:IT系の展示会に行ってパンフレットを集め、デザインや内容構成を参考にする。また、ブローシャの素材集Pinterestを見る。

  4-3. ロゴと事例

リード獲得の面でも人材獲得の面でも、ロゴと事例は強力なコンテンツです。「知名度ゼロの零細企業がつくった製品を大企業が導入した」なんて聞くと、どんなものか気になりますよね。

ロゴと事例について、有効だったやり方を2つ紹介します。

-- 契約時点でロゴを入手しロゴウォールに貼る --
契約から導入完了まで数ヶ月かかるようなサービスの場合は、ロゴウォールがサマになるまで時間がかかってしまうため、特に有効です。ロゴが20個くらい集まれば、ロゴウォールとしてブランドサイト・パンフレット・展示会用ロールアップバナーなどに載せられます。

-- ロゴ利用と事例取材の許諾を得られる料金体系にする -- 
イメージは「ロゴ利用と事例取材にOKをいただけるのでしたら、初期費用が ? 円安くなりますよ」というものです。価格交渉(値引き要求)が入ったときのカウンター材料にもなりますし、後々になって事例インタビューを渋られたときに「取材を受けていただける契約でしたよね」と打ち返すことができます。

「営業アサイン型」のBtoB SaaSのマーケティングは、以下のようにドミノ倒しの性質が強いです。公開可能なロゴと事例が増える仕組みをつくっておきましょう。

B2Bのマーケティングでは、キーとなるクライアントをどう落としていくかが重要であり、あとはドミノ倒しです。つまり最初の数社を倒すために何でも使うという、総合格闘技のようなものです。特にB2Bのスタートアップではトップ営業が決定的に重要であり、この1段目のロケットが点火しないとダメだといえます。

-- 『B2Bマーケティングの新たな可能性 特別セッション』田端信太郎氏

  4-4. データマネジメント

庭山一郎氏の話にもあるとおり、BtoBマーケティングの両輪は「コンテンツマネジメント」と「データマネジメント」です。そして、データマネジメントとは、Salesforceを使い倒すことです。

スタートアップではマーケットからの反応をもとに業務のあり方を素早く変えていかないといけないですし、仕事を掛け持ちしていて時間もないので、Salesforceについても事前に入念に設計したり細部までこだわって実装したりはできません。が、立ち上げ時のポイントを3つ書きます。

-- (1) キャンペーン --
広報や広告などすべての施策を「キャンペーン」として登録します。いつ、どの施策で、いくらのコストをかけて、何件のリードを獲得できたかを管理します。『キャンペーン管理実装ガイド』を読んだり、SFDC社でのキャンペーン運用事例を調べたりして、データ運用設計と実装を行い、個々のマーケティング施策の費用対効果を計測/管理します。なお、マーケティング予算金額とその消化度合いはSalesforceではなくGoogleスプレッドシートで管理していました。

-- (2) 商談と活動 --
商談や活動(特に行動)を入力するのはセールスの役目ですが、しっかり入力されているかをチェックします。「成約率」「リード獲得から成約までの日数」「リードクオリフィケーションから成約までの打ち合わせ回数」「セールス1人あたり成約件数」「施策ごとの成約件数」などは、マーケティングの予算や計画を組むときだけでなく、採用計画やVC向け資料をつくるときにも使う重要指標です。

-- (3) 契約・注文 --
契約オブジェクトでは顧客との契約概要(期間やアカウントIDなど)を、注文オブジェクトでは契約明細(注文商品や提供価格など)を管理します。会社全体のKGIとして「契約件数」「MRR」「解約率」などがありますが、これらのオブジェクトで契約や請求に関するデータを管理しておくと、経営者やVC向けのレポート作成も随分とラクになります。余裕があれば、freee for Salesforceでの請求処理と入金消込を見越してデータ運用設計しておくと良いです。

以上、マーケティング立ち上げガイドでした!


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