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対談:松村太郎さんに聞く「大学での学び」と「オンラインコミュニケーション」(1)

毎回専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。

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<小寺・西田のコラムビュッフェ> 

https://note.com/mnishi41/m/mf1a5a24ea361

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今回から対談の新シリーズをお届けする。

対談のお相手は松村太郎さん。ジャーナリストであり、現在は大学の教員としての顔も持つ。主にアップル関連の記事などで、みなさんもご存知なのではないだろうか。筆者(西田)とも、主にアップル関連取材でご一緒することが多く、もう長くお付き合いさせていただいている方だ。

そんな松村さんと対談を、と考えたのは、松村さんが2020年春から、新設大学である「情報経営イノベーション専門職大学(iU)」の教員になられたからだ。コロナ禍で学生が学校に通うのは難しくなり、オンライン授業に切り替える必要があったが、同学はいきなりスタートからその状況に置かれたことになる。

iUはITに強い学校だ。そこがどうコロナ禍のオンライン授業に対応したのか、そして「ITに強い学校であってもなお戸惑った課題」とは何だったのだろうか? そうしたことをじっくりと聞き、議論してみた。(全5回予定)

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・ジャーナリストであり、情報経営イノベーション専門職大学(iU)で教鞭をとる松村太郎さん

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■コロナ禍に新設大学はどう立ち向かったのか

西田:まず、太郎さんの現状の肩書を、読者の方に簡単にご解説いただければな、と思います。

松村:そうですね。私はもともと、2005年からテクノロジーとライフスタイルのジャーナリストという形で、フリーランスで活動しておりまして、ちょうど2011年から2019年までアメリカのカリフォルニア州バークレーという町に住んで、アメリカのカルチャーとか、シリコンバレーの取材をしていました。で、2020年の4月からは、それに加えて、「情報経営イノベーション専門職大学」という、日本一長い大学名なんですけれども、愛称で「iU」という名前のところで、シリコンバレーで学んできたイノベーション、デザイン思考、あとはそういうテクノロジー中心のビジネスモデルがどうなってるのか、というケーススタディの授業を担当しています。今は、大学の教員とジャーナリストという二足の草鞋になりました。

・情報経営イノベーション専門職大学(iU) 公式サイト
https://www.i-u.ac.jp/](https://www.i-u.ac.jp/

西田:はい。そこで、太郎さんとは僕もずっとAppleの取材だとか、ほかの取材だとか、いろんなところでご一緒したりして、いろんな知見もいただいているわけですけれども。

松村:私もです。ありがとうございます。

西田:やっぱり、ここ一年間、ポイントだったのが、特にiUの教員になられてからの時期というのがまさにコロナ禍で、リモートで授業をしなきゃいけない時期じゃないですか。一方、リモートで特に大学クラスの学びをすることがどういうことか、意外と皆さん知らないというか、理解をしていない。どういう現状でどういう課題があって、なにをしなきゃいけないか、というのが見えていないんじゃないか、という気がします。

というのは、僕自身が見えてないんですよね。知り合いの教員の方に話を聞いたりしてるけれど、大学によってもあまりにもバラバラすぎるし、やってることによっても違うので。

松村:そうですね。

西田:現場の方、実際にやった方がどう思っているか、というのをきちんと聞きたいな、というのがまずひとつあります。

あと、やはり太郎さん自身がずっとコミュニケーション自体についても取材もされてるし、ご自身でもいろいろな考えをお持ちじゃないですか。

なので、学びとコミュニケーション――それは学びだけじゃなくて、こうやってビデオ会議をしてというところもありますけれども、結果的にこの一年で、学びとコミュニケーションについて、どういうことが学べて、何が課題だったのか、というのを、ちょっと二人で話をしてみたかった。それが今回お願いした経緯です。

というのは、コロナ禍の中では、発表会の前後にお会いして雑談するとか、できなくなったじゃないですか。

松村:本当にそうですよね。

西田:今はClubhouseがあったりして、しゃべる機会はできあがってはきてるけれども、それでもお互いが思っている「こういうことなんじゃないか」というのをぶつけ合う機会というのが減っている気がします。特に学びとコミュニケーションみたいな話について、少し深い話ができれば、というふうに思っています。

松村:わかりました。まず、大学の授業というのは、実は、文部科学省からレギュレーションがわりと厳密に決められていまして。もちろん大学がどういう形で新設の申請をしたかとか、カリキュラムをこうしますというのを申請してるか、ということによってももちろん違うんですけれども。

iUの場合は、「一クラス40名以下で、実習は15時間もしくは30時間、30コマ」という形で申請しています。大学の授業って基本15コマ×90分、というのが、1学期間、前期・後期それぞれの授業、という形です。

実習というものが専門職大学にはありまして、これは15コマもしくは30コマ。基本は30コマを推奨という形なので、もし半期で2単位の実習の授業をするとしたら、30コマを15週のうちにやる、ということになっています。

それに、今までは「6割まではオンラインやビデオでの講義が可能です」というレギュレーションもあったりしていて。もちろんこれはコロナ禍で緩和された部分はあったんですけれども、基本的にはiUも含めて、教室に人が集まって、講義をする、あるいは実習をする、ということを前提に設計されてきました。

というのはやっぱり、大学の新設ってすごく時間がかかることですし、一年目が新型コロナウイルスでこういう状況になる、ということも予想せずにやってきましたからね。2020年にできた大学がコロナ禍を予想していなかったということは、既存の他の大学は全部予想していない。

西田:当然そうですね。

松村:想定にない、ということで設計されているし、フルオンラインでやります、ということも制度上難しかった……というのが実際だと思います。

西田:はい。

松村:なので、この一期生は本当にかわいそうなことに、開学式も入学式もできない、というような状況で4月を迎えまして。本当は3月の終わりからガイダンスがあって、という形だったんですがそれはできなくて、基本、1か月遅れてスタートしました。

私自身は4月からの勤務だったんですけれども、3月に教員全体のオリエンテーションがあった時に、そもそもキャンパスを前提にいろんなことが設計されていたので、キャンパスが使えない想定は教員側もスタッフ側もなかったんですよ。

「じゃあ、コミュニケーションはどうする?」みたいな話からやっぱり始めることになってしまって。急いでSlackを学校の教員・スタッフ向けに導入して、学生向けには分けてSlackも用意しました。新入生にはもちろんGoogleのアカウントも配るんですけれども、GoogleのアカウントとSlackのアカウントの両方を配って。で、あとはなんとかLINEで40人の単位のクラスの中でも連絡が取れる状況を二重化して……という。

とにかくコミュニケーション手段の確保。キャンパスに来て会えない、ガイダンスできない、という状況から、なんとかコミュニケーションの手段を複数持つ、という方向に、一週間ぐらいのスピード感で準備をした、ということがまずありましたね。

西田:なるほど。

松村:紙資料の配付とかガイダンスができないということを、基本デジタルでなんとか補完する、という方向に動かざるを得ない。他に手段がないので。本当に、4月が始まる前に大学の中で起きてたことだったんですね。

西田:そうだったんですね。

松村:結局、授業が始まる時ってどうなるんだろう、といった時には、それまでの4月中の教員の会議なんかも全部Zoomでやっていた関係もあり、Zoomを選びました。Zoomも教育機関とかに向けては優遇措置をやっていた、というのも導入しやすかった部分だったんです。

iUでは基本、Google Workspace for Education Fundamentals(旧G Suite for Education)を使っています。あと、教育機関は意外とCiscoとかも強いんですよね。教室の中に据置型のカメラとか、一体型のソリューションとかもありますね。

でも、Google Meetはブレイクアウトセッションの機能がないとか、レコーディングであるとか、人数制限であるとか、機能面での不満があって。あと、そもそも音質・画質が良くない。この話はまたちょっと後でしたいと思うんですけれども、音質・画質の部分でZoomがやっぱり圧倒的に優れていた、というのが状況としてあって。Microsoft Teamsはまだその頃そこまで頭角を現してなかった、という部分もあって、結局去年の3月末の時点ではZoom一択だった。

ということで、学生にもZoomのアカウントを作ってもらって、そこで授業をする、というような形になりました。

西田:はい。

松村:今まで大学は、対面と紙が基本で、設計上もそうだったんです。一応、ICTとビジネスの学校、とはいえ、授業自体は必ずしもデジタル前提では設計されていなかった、というのが実際のところだし、そうじゃないと逆に大学設置の認可を取れない、という事情もあったということですね。

■大学のオンライン講義が「アップルの発表会」と比べられる時代

西田:大学というものの役割には、「講義を聴くもしくは実習をする」というものと、「学生の側でのコミュニティでの学び」というものがあるわけじゃないですか。自分たちの経験としてもそれがすごく重要だったわけです。でも、その設計というのは、ITで十全にできるかというと、今の段階でも十全にできなくて。大学そのものの在り方として考えれば、いわゆる「講義を聴く」ということはある程度テクノロジーでカバーできるとしても、コミュニケーションの部分であるとか、コミュニティの部分というのが、そもそも必要なのに、テクノロジーでカバーする準備はまったくできてなかった、という部分があると思うんですね。

今、やってこられたことの説明を聞いても、まずやっぱりそこがポイントなんだろうな、という気がしたんですけども。

松村:はい。そうですね。授業自体も、今は確かに授業は「アーカイブを観る」、事前録画のものを観る、という形も含めて、いろいろ検討したんですけれども、そこで今おっしゃったコミュニケーションの話というのが出てくるんですね。

たとえばこれが、3年次の学生に対しては、「アーカイブ、事前録画した授業を聴いて課題とかを出す、というスタイルにしますね」という話でも、もしかしたら成立してたかもしれないんです。でも、まだ高校を出てばかりで、大学というものは何たるかとか、大学という場所での生活とかっていうものが「ない」状態で大学生活を始める学生にとっては、やっぱり「録画で何かを学ぶ」ということ自体が無理だろう、難しいだろう、と。

それってテクノロジーをちゃんと活用して、今やるべき授業をきちんと追究する、という、うちの大学、iUの姿勢とも合わないということで、基本オンライン授業はすべてライブにしましょう、という決定をしてたんです。

同時に、授業がコミュニケーションだという前提に立った時に、今までだったら一方的に話すというコミュニケーションでよかったと思うんですけれども、そうじゃない、となった時に、「じゃあどんなツールを使うのか」ということが問題になる。学生同士が、たとえば一対一であるとか、4人1組とかでちゃんと発言をして、アイデアをその場でまとめてあげてくる、という体験をZoomを使ったらできるよね、とか。単なる講義スタイルの授業でも、チャットを使ってそれが授業のサブチャンネルみたいな形で、チャットの中で「これが分からない」とか、そしたら分かってる学生がそれを説明してくれる、っていうコミュニケーションが起き、そこで疑問が解決されてなさそうとか、そういう意見があったりしたら教員が拾うとか。

とにかくZoomを教室にしよう、ということにしたので、「Zoomの中でできるコミュニケーションでいろんなことを試しましょうね」というのは、いろいろ試行錯誤を、春から夏にかけてしてた部分かなと思います。

西田:なるほど。僕自身も、年に1、2回ですけど、大学に行って講義をしたりします。もちろん大学時代に講義を受けた経験も当然あるわけですけれども、そこで感じたのが、いわゆる一方通行でない、ということ、

たとえば変な話ですけど、壇上からしゃべってるだけであっても、相手がどういうふうに動いてるかであるとか、理解度であるとかって、見てれば分かりますよね、ある程度。それを反映したうえで我々はしゃべるわけじゃないですか。受け取る側としても、先生が何を言ってるか、ということに対して、まわりの学生との間でちょこちょことコミュニケーションをしたり、もしくは先生に対して直接リアルタイムでインタラクションをしたりして授業が進む。

それをZoomの中で再現する機能はたしかに多々あるわけですけれども、問題なのは、リアルでの授業・講義としての形と、どう違うのか。

たとえば、相槌を打つとか、もしくは半疑問形の顔ってあるじゃないですか。

松村:はいはい。

西田:この半疑問形の顔をとらえて「お前ほんとうは分かってないだろ」ということを指摘するようなことができそうでできない、というのが今のビデオコミュニケーションだと思ってて。タイムラグの問題だとか、解像度の問題だとか、画質の問題とかいろいろありますけど、今までと同じ、as-isではできない、というのが本質だと思うんですよ。

でも、as-isじゃなかったとしても、近い効果、もしくは別の効果を生み出す、というのがたぶん必要とされてることだったんだろうな、と思うんですね。

そのへん、リアルの授業とオンラインの授業とで、イコールになれた部分と、イコールじゃなくて変わった部分というのを、ご自身としてどう評価されているのか。そのへんを教えてもらえますか。

松村:これは私自身もそうですし、教員の中での悩みの共有の中でもあったんですけれども、学生の顔が見えない、「自分の説明が伝わってるのか伝わってないのか」という部分がリアルタイムに視覚的な情報として読み取れない、というのは、ひとつポイントとして挙がってたと思うんですね。

西田:ええ。

松村:あともうひとつは、画面に向かって90分しゃべるのがつらい、とおっしゃる先生も実はいらっしゃって。フィジカルではなくてね。

西田:なるほど。

松村:目の前にあるガラス板に向かってしゃべっているようで、精神的につらい、と。

これは慣れの問題だけで解決できないだろうな、というふうにも思って。教授手法というか、授業をする手法自体を、オンライン向けに少しカスタマイズしていかなきゃいけない、という部分にも触れてくるのかなと思っています。確かに90分のうち、自分が半分ぐらいしゃべるのであれば、間が持つかもしれないんです。でも、一方的に会話を聴き続ける90分って、ライブであってもつらいと思うんですよ。

西田:そうですね。はい。

松村:しかも、学生たちも、Appleの発表会とか観てるわけですよね、6月ぐらいになると。あれだったら2時間観られるけど、学校に戻ってきたら、薄暗い画面の中で、ガサガサした、PCのファンも入っちゃってるような音声で、教員が、デザイン性もないスライドを見せながらウダウダしゃべってる。観られるわけないじゃん、って思うわけですよ。

西田:うん、わかります。

松村:つまり、コロナ禍で、映像自体に長く触れる機会が伸びれば伸びるほど、大学の授業の、このオンライン授業が、普通のスタイルで競合に勝てるわけがないんです。

ここは、「いやいやそんな、高尚な大学の授業なんだから、そんなこと言ってるほうが」って言う方ももちろんいらっしゃるかもしれないんですが、でも、もうちょっと視野を広くすると、結局大学の90分とNetflixの90分って、競合なんですよね、もはや。画面の中では。

西田:おっしゃる通りですね。学生から見ると、たとえば1日、昼間の12時間という時間があるとして、その時間の中で、講義のためにPCに向かおう、というモチベーションを持つ時間と、サボっちゃってNetflixを観たいとか、ゲームをしたい、という時間と、って、自分のことを考えても等価じゃないですか。

松村:そうなんです。

次週に続く>

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