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どうしようもなくフェアじゃない社会でも心を込めて働く人へ 「東京ハイダウェイ」古内一絵 著

全身全霊をかけて一生懸命に働くのはすごいことだ。自分の時間や体力、気力、すべてを自分が与えられた仕事に注ぐのはすごい。目に見えなくても、きっと何かのかたちで誰かの役にたっているのだと思う。

それでも、仕事に一生懸命向き合っているからと言って絶対に報われるわけではない。体力には男女関係なくいつか限界が来るし、あたりまえに降りかかってくる理不尽に、きっと心は疲弊していく。どうにもこうにも上手くいかなくなって、すべてをかけていた仕事も、大切にしたいと思っていた存在を大切にすることもできなくなることがある。

きっと休み方が分からなくなるのだ。ほっと一息つく時間を後回しにし続けた結果、自分の限界のサインが分からなくなる。自分を押し殺して言われたとおりに働き続けるうちに、自分のことを休めることができなくなる。

人には休憩が必要だ。分かっていても、できない人は多いと思う。そんなときは、自分だけの隠れ家を見つけるといいのかもしれない

そんなふうに考えるきっかけをくれた本をご紹介します。


「東京ハイダウェイ」 古内一絵 著


ようこそ、心休まる「隠れ家」へ。
東京・虎ノ門の企業に勤める桐人は、念願のマーケティング部に配属されるも、同期の直也と仕事への向き合い方で対立し、息苦しい日々を送っていた。
直也に「真面目な働き方」を馬鹿にされた日の昼休み、普段は無口な同僚の璃子が軽快に歩いているのを見かけた桐人は、彼女の後ろ姿を追いかける。
たどり着いた先には、美しい星空が描かれたポスターがあり――「星空のキャッチボール」
桐人と直也の上司にあたるマネージャー職として、中途で採用された恵理子。
しかし、人事のトラブルに翻弄され続けた彼女は、ある日会社へ向かう途中の乗換駅で列車を降りることをやめ、出社せずにそのまま終着駅へと向かう。
駅を降りて当てもなく歩くこと数分、見知らぬとんがり屋根の建物を見つけ、ガラスの扉をくぐると――「森の箱舟」
……ほか、ホッと一息つきたいあなたに届ける、都会に生きる人々が抱える心の傷と再生を描いた、6つの癒しの物語。

集英社HPより

こちらの本は是非、書店で手に取ってみてほしい。

都会的ではありつつも心安らぐ美しい風景。淡い色合いの装丁にうっとりする。そして、本を開くと内側も美しいのだ。文章を読む前から、すこしざわめいていた心がすっと静かになる。きっとこの本に心が救われるのだろうという予感がした

6つの物語からなる連作短編集。都会で働く人々の、「隠れ家」を通しての心の移ろいが描かれている。

思い描いている仕事との向き合い方をめぐって起きてしまう職場でのいさかい、理不尽に巻き込まれるトラブル、過去のトラウマと向き合い葛藤しながらも働く日々。主人公たちは、みんなとても一生懸命に自分の仕事や人生と向き合っている。

でも、社会はフェアじゃない。まじめに心を込めて働こうとしている人が評価されるわけじゃないし、普通に働くこともできないほど理不尽に心を痛めつけられていくこともある。

そんな主人公たちが見つけるのが、「ハイダウェイ = 隠れ家」だ。

都会の喧騒のなかでも自分だけの隠れ家があれば、自分をしっかり休めたり、心を解放して涙を流せたり、美しい景色だけで胸をいっぱいにすることができる。

どの物語にも、いわゆるハラスメントのようなことで人を平気で傷つける側の人が登場する。嫌な人たちだ。

主人公たちは変わっていくけれど、その人たちは大きく変わらない。主人公が仕返しをしたり、陥れたりする物語ではないからだ。あくまで変わるのは主人公自身の心の持ちようだけ。その先で嫌な人に仕返しするなんてことも、嫌な人が急に良い人になったりするなんてこともない。わたしたちが生きている社会ってそうだよなと、この物語を自分事のように思える。

短編集でありながら、6つの物語はすべて繋がっており、隠れ家を見つけた先で、すこしだけ生き方の変わった別の物語の主人公たちが登場する。

それぞれ一人の心情を描いた物語ではあるが、人はみんな繋がっているのだと感じる。自分がすこしだけ前を向けたら、まわりの誰かの気持ちを楽にすることもあるのかもしれない。


優しい伏線回収を楽しめる作品


この物語は、表紙から感じたとおりの、淡く優しい物語だと感じた。

都会の隠れ家をテーマに書かれた物語ではあるけれど、理不尽に感じながらも一生懸命働いてしまう人の心情は、都会も地方も変わらないと思う。

1話目の主人公に隠れ家を教えてくれた同僚の女性は、最終話の主人公となる。なんとなくクールに見えて何を考えているか分からなかった彼女も、今を一生懸命に生きるひとりの女性で、たくさん迷いながらも強く優しく生きている。

それぞれの物語の繋がりに気付くたびに、人の気持ちはこんな風にすこしずつ巡っていくのだなと感じる。とっても優しい伏線回収だ。

社会はフェアじゃないけれど、自分だけの隠れ家で心を癒すことができれば、自分の生きる社会だけでも、すこしだけ優しく変えていけるのかもしれない。

理不尽なことを受け止めつつも、心を込めて毎日を生きている人へ。ほっと一息つきたいときに、この作品をおすすめします。


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