ファミリー #4

 レインはキッチンの隅々を目で見て、頭を動かしながら点検していた。まるで、この世界の輪郭を確かめているようだった。僕は、監視カメラのようだと思ったけど言わない。
 レインの水色のコップにお湯を注いで渡した。僕も、緑色のコップをとってお湯を注いだ。お湯の湯気を見ていると僕も安心した。
「大丈夫?」
 僕はやっと声を出して、レインに尋ねた。
「うん」
 それでも力なくレインはうなずいた。
「でも生きてる。」
 レインは言った。
「でも生きてる。でも生きてる。」
「うん。生きてる。」
 レインのつぶやきを断ち切るように僕は応答した。そうして顔を上げたレインは、急にガタッと立ち上がって、僕の頬に人差し指で触れた。
「いきてるいきてる」
 確かめるようにレインは言った。
「そうだよ」
 僕は言った。
 レインは、深く息を吐いた。それから、席に戻ってお湯が冷めるのを待った。僕もコップを触って、まだお湯が熱いことを確かめて、天井を見た。
 天井には、3Dプリンタのフィラメントの積層の、塩の結晶みたいな正方形の中にまた正方形を描く模様が見える。そして、どこかを探すと、正方形は閉じていなくて、全部一筆書きで、大きな四角から、小さな四角へと線はつながっている、そのつなぎ目を見つけることができる。
「ねえ、一つ前の人たちも、ここで話をしていたのかなぁ?」
 レインはコップの水面を見ながら、僕と同じように天井の模様を見た。
「プラネタリウムする?」
「ううん、いい」
 レインは断った。僕は、天井に掲げようとした指を膝に戻して、またコップに触れた。
「きっと、そうだと思う。わたし聞こえるの、みんなの話を聞いていると、前にここに住んでいた人たちが、対話している言葉とか、わたしたちの言葉をじっと座って聞いていることを感じるの。
 ここには椅子は五つしかないけど、でも、じっと座って、何人もの人がわたしたちの言葉を聞いているの。」
「レインは、耳が繊細なんだね。」
「うん、繊細なのかな。でも、ふと気づくと、わたしたちのそばにいるの。ここに昔、住んでた人が、一緒に座っているの。」
「そっか。」
「テルハは、ここに来たときのこと、覚えてる?」
「うん。でも、とても小さい時だったから。ちょうど3歳ぐらいの頃だったと思う。モクが椅子を作ってくれた。」
「はじめて対話したとき、どうだった?」
「あれは、音楽を聴いているみたいだった。」
 この部屋の中で、照明に照らされながら、僕は歓迎の対話に参加していた。サマーの広く大きい声がみんなの声を支えていた。レインの柔らかな声が心地よく、体をなでていて、絶え間ないモクの笑い声がコロコロと部屋の中に響いている。
 アカリさんが、真剣に言葉をえらんで、一つ一つ言う。
「私は、もっと生きられたかもしれない人生があることを、意識して生きようと思う。20年で終わったとしても、200年ぐらい生きるつもりで、生きようと思う。」
 アカリさんの話し方も、身振りも、相手の話の受け止め方も、いまだに自分が何かを話すときに思い出す。思い出してまねしようとして、まだ僕は自分の言葉を探している。
「そっか、音楽。」
 レインはそうつぶやいてお湯を飲んだ。僕のコップの中のお湯も、飲める温度になっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?