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023:A tool that feels like an extension of your mind🔁How Things Shape the Mind
石斧とiPhone

023:A tool that feels like an extension of your mind🔁How Things Shape the Mind

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AppleのDesigning Fluid Interfacesの発表を聞いたときに,iPhoneなどのデバイスを「マインド」の延長のように感じるという言葉が気になっていた.「身体」ではなく,マインドの延長というところが気になっていたのだと思う.「メディアは身体を拡張する」と,マクルーハンは言っていたのだけど,Appleのインターフェイスデザインチームは道具をマインドの延長だと捉えている.

これを身体とマインドの二項対立的に考えるのではなくて,スマートフォンというハードウェアとソフトウェアとがディスプレイというサーフェイスで混じり合う道具は,ヒトの身体とマインドとの境界が曖昧になる場として捉えた方がいいのだろう.インターフェイスの歴史において,ハードウェアとソフトウェアとが一つの板=サーフェイスとして,ヒトの手に握られるようになったスマートフォンは,Appleのインターフェイスデザインチームが示すように「石斧」のようなプリミティブな道具なのだろう.スマートフォンは,未来から見たときに「石斧」のようなプリミティブな道具であり,これまでのハードウェアのみの道具から,ハードウェアとソフトウェアとが重なり合ったあらたらしい道具として,そのはじまりに「エニグマ」を示すものとなるのかもしれない.

ハードウェアとソフトウェアとが重なり合ったサーフェイスにおいて,Appleのデザインチームは「思考」と「ジェスチャー」を重ねていく.

ヒトの行為をオンオフで考えるのではなく,「引き返す」ことができると示すのは,行為とその意図との関係を考える上で重要である.意図があって,行為をするのではなく,行為のなかで意図の変更が起こることを前提にインターフェイスを作ることは,マインドと身体を重ね合わせて世界を認識することにつながる.

そして,ヒトはモノを起点にマインドと身体を重ね合わせて世界を認識を示すのが,考古学者のLambros Malafourisである.『How Things Shape the Mind』ので,Malafourisは「Material Engagement Theory」を提唱し,ヒトがモノとともに考えてきたと主張する.彼は,ヒトがモノに対する行為のなかで意図を組み替えながら,行為を遂行し,その結果生まれたモノも一つのエージェントして捉えており,そこではマインドと物理的世界との境界が崩壊していると考えている.このようなヒトとモノとの関係が生まれたのが石斧の制作過程だった.ヒトは石を砕きながら,石を砕くという行為を通して考え,石を砕く行為とともに石と考え,石を砕く行為自体を考えていく.そこでは.行為と考えとが重なり合っており,Appleのインターフェイスデザインチームが考えるように,すべてはパラレルに起こっている.そして,そこではヒトの意図とともに,石の表面の滑らかさといったモノの性質が重要になってくるとしている.

iPhoneは石斧とは異なりハードウェアとソフトウェアとの重なりでできているモノである.そして,ソフトウェアのデザインの方が重要となっている.そこでは,ヒトの意図の具現化だけではなく,モノとしての画像の挙動=アニメーションも重要になっていると言える.モノとして画像を含めたサーフェイス全面を構成する要素がどのように動くのか.ハードウェアとソフトウェアとが重なったサーフェイスの構成要素のデザインによって,行為と思考との重なり合いの具合を変更できる,これまでにないモノが,できるのではないだろうか.

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甲南女子大学文学部メディア表現学科で教えています.