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207:Cognition is a process

Cognition is a process: this implies that cognition is not an attribute, such as intelligence is sometimes considered to be, but rather a dynamic unfolding within an environment in which its activity makes a difference. For example, a computer algorithm, written as instructions on paper, is not itself cognitive, for it becomes a process only when instantiated in a platform capable of understanding the instruction set and carrying it out. That interprets information: interpretation implies a choice. There must be more than one option for interpretation to operate.
Highlight(blue) - 1 Nonconscious Cognitions: Humans and Others > Page 25 · Location 462

認知はプロセスである:これは,認知は知性のような属性ではなく,環境の中でダイナミックに展開され,その活動が違いを生み出すものであることを意味する.例えば,コンピュータのアルゴリズムは紙の上に命令として書かれているが,それ自体は認知ではなく,その命令セットを理解して実行できるプラットフォームでインスタンス化されてはじめてプロセスとなる.それは情報を解釈することであり,解釈には選択が必要である.解釈が機能するためには複数の選択肢がなければならない.(翻訳:DeepL+水野)

N. Katherine Hayles, "Unthought: The Power of the Cognitive Nonconscious"からの引用.

例えで出ている「アルゴリズム」自体は認知ではなく,実行できるプラットフォームに実装されて,はじめてプロセスとなるというところが,メディアアートの生と死とに大きく関わってくると考えらえる.

ハイルズはテクノロジー的主体は生きているわけではないが,完全に認知的存在であると考えている.そして,外界を認知できる存在であれば,たとえ生きているとは言えなくても,環境とインタラクションができると考えている.このように考えることで,ヒトとテクノロジーとが非意識的な領域で「認知的集合体」を構成すると考えている.

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「認知的集合体」の前提として,ハイルズは「認知のフレームワーク」として「意識のモード」,「非意識的認知」,「物質的プロセス」からなるピラミッドを想定している.「意識のモード」は意識と無意識とで構成されており,私たちが通常想定する「意識」である.その下に「非意識的認知」があり,意識にのぼる前のノイズが多い情報を処理しつつ,予測に基づいた推論を構成している.そして,意識は「非意識的認知」にアクセスすることができない.「非意識的認知」は認知フレームワークの中間層となって,外界と意識とを繋いでおり,ハイルズは「非意識的認知は意識的な語りの作話から解放され,身体や外界で実際に起こっていることに近いものであり,その意味で意識よりも現実に近いものである」と書いている.そして,「非意識的認知」の下に「物質的プロセス」があり,認知的活動が生まれる土台となっている.

物質的プロセスには選択肢が存在しないため認知のプロセスから切り離されている.「非意識的認知」は物質的プロセスから得たデータに基づいて,外界の予測をたて,外界についての選択肢を提示して,認知プロセスを開始する.予測と外界との一致度合いから,外界についての予測に基づいて解釈され,精製されていく過程ど複数の選択肢が生まれ,脳が予測を選択すると同時に,外界を解釈していく.

このプロセスが「メディアアートの生と死とに大きく関わってくる」というのは,メディアアートは作品がアルゴリズムを含めて情報源であるということだと,私は考えている.ただし,電源が入っていない状態というのは,作品のアルゴリズムを解釈する認知プロセスが止まっている状態で,「死」に近いと言える.どんな形であれ,アルゴリズムが解釈されている状態を示すことが,作品を「生」の状態にするために必要になってくる.メディアアートの記録映像は単なる記録ではなく,アルゴリズムが情報を処理して,解釈した結果であるから,それは「生」の状態を記録したものと言える.そして,記録映像とともにその支持体であるディスプレイなどのデバイスを注意深く配置することで,ヒトと作品とのあいだに「非意識的認知」のプロセスが開かれ,両者の認知プロセスがリンクしていくと考えられる.

インタラクションを中心にしたメディアアートは「意識のモード」がメインではあるが,「非意識的認知」のプロセスに基づく作品受容は,作品解釈ためのあらたな選択肢を体験者に与えるものになるだろう.インタラクションを失ったメディアアート作品は「死」の状態にあるように見えるが,そこには「生」のためのあらたな選択肢が用意されているのである.


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