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189:外在性身体情報はよりハッキング可能(Hackable)な身体情報

『脳の中の自己と他者』(嶋田総太郎著)では,自らの身体を理解し,自らの身体とそれ以外を区別する情報として,主に視覚や聴覚に由来する外在性身体情報と,体性感覚や運動指令に由来する内在性身体情報の2種類の身体情報を挙げています[pp. 160-161].このうち外在性身体情報は,自らの身体を理解するために,一度環境に投射された情報を再度,目や耳から取得している格好です.ということは,外在性身体情報はよりハッキング可能(Hackable)な身体情報であり,VRなどを通して介入が可能な情報チャンネルなのではないでしょうか.そして,視覚・聴覚情報を「自分」の外在性身体情報として身体感覚の更新に用いるのか,それとも「自分ではない」他者の情報として自らの身体感覚から切り離すのか,このゲートの役割をしているのが身体所有感ではないでしょうか.この身体所有感の成立条件が明らかになるほど,そのゲートを通過するHackableな身体感覚の制御が容易になるのではないかと注目しています.pp. 188-189

『自在化身体論──超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来』,ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の笠原俊一による「第7章 柔軟な人間と機械との融合」からの引用.

前回の記事から考えると,外在性身体情報と内在性身体情報ともに循環する同じ感覚信号ということになる.『感情とはそもそも何なのか』で,乾敏郎は次のようにも書いている.

自己主体感を作るのは主に外受容感覚の予測信号であり,自己存在感を作るのは主として内受容感覚の予測信号である.しかし,自己主体感と自己存在感のネットワークにも相互作用がある.知覚や認知もさまざまなな感覚の相互作用によって作り上げられている.p. 152

となると,笠原が書くように「よりハッキング可能(Hackable)な身体情報」である外在性身体情報=外受容感覚を使って,自らの身体感覚を更新して,内在身体情報=内受容感覚に変化を与え,身体存在感そのものを書き換えることもできるにようになるというのは,興味深い.映像や音といった高精度で操作可能な表現を使って,外在性身体情報は予測に介入するようなかたちになって,身体内部の感覚を変えてしまい,そして,変化した内部の感覚によって,外部の身体情報の受け取り方も変わってくるのではないだろうか.

予測に介入すると書いたけれども,それは,たとえば,iPhoneによって歩行データを集め,分析して,歩行パターンから転ぶことを予測して,ユーザに注意を仕向けるというなどの「便利」な機能として,生活のなかに入り込んでくるだろう.ヒトの予測であっても,コンピュータの予測であっても,ヒトと外界とのあいだでやりとりされるデータに基づいて予測されているということには違いがない.ただし,これまではヒト単体が予測していたところに,もう一つ予測する主体としてコンピュータが現れたことの意味は積極的に考える必要があるだろう.

外受容感覚へのアクセスによって,ヒト自体も意識にあがることが少ない内受容感覚に影響を与えることがより精緻になってくると,その行為の主体はヒトなのか,コンピュータなのかということが問題になってくると思われるけれど,そこは,ヒトとコンピュータの複合体というあたらしい主体を想定した方が面白いと,私は考えている.笠原が書くように,これまでもヒトは柔軟に変わってきたのだし,これからも変わっていく.その変化がより微細に,高精度になっていくということになるだろう.多くのデータが合流していく場として脳と身体を考えると,身体はもっと自在になっていくのだろう.


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