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女子高生の私に我が子が教えてくれたこと




人生は何が起こるか分からない。


私の合格した芸術コースは美術部への入部が絶対条件の一つだった。
ひとえに美術部といっても活動は絵を描くだけにとどまらない。部活は絵画部、デザイン部、立体部、工芸部の4部門もあり、自分の興味のある分野を自由に選択することができたのだ。
私は美大に進学するつもりがなかったのでここでしか出来ない事をやろうと思った。油絵やアクリル画は家でも描けるし、彫刻も小さい物なら出来ん事はなかろうが、陶芸は窯や轆轤などの設備が整っていないと不可能だ。
我が青春を捧げるには最適だと思った私は、数ある部活の中から工芸部を選び、陶芸を専攻した。

そんなこんなで学生時代の私は、毎日土を捏ねては伸ばして叩き皿や壺を作る、栄えゆく時代と逆行した極めて原始的な生活を送っていた。
電動ロクロもあったが、縄文土器と同じ技法で地道に形を作っていく手捻りが私は好きだった。物の成り立ちが分かる過程は面白かったし、時としてままならぬ残酷ささえも教えてくれる陶芸は私にとって刺激的で貴重な経験だった。

一年生の時、私は初めての公募展に出品するべくツボを作っていた。目標は高さ40cm、滑らかな曲線が美しい大作だ。床に座り込み、毎日チミチミと土を積み上げては木べらで叩きしめ、手回しロクロを回転させながら余分な土を削いでいく。ひたすらこの作業を繰り返した。コンクリートの床に座りっぱなしで作業を進めるため、尻の穴が冷えトイレに行くたびに血が噴き出る。しかし尻の穴の痛みを忘れるほど打ち込めるものがある、これこそまさに「青春」と呼ぶにふさわしいのだろう。知らんけど。

繰り返すこと1週間。
作品は文字どおり血と汗の結晶となり完成した。
我ながらなかなか立派な仕上がりである。あとは乾燥させて素焼きをし、釉薬を掛けて焼くだけだ。陶芸部の先輩が私の作ったツボを見て

「こんなに大きいのよく作ったね」

と褒めてくれた。敬愛する先輩からの言葉は両手を上げ尻を左右に振りたくなるほど嬉しかった。

浮かれた私がツボを移動させようと、立ったまま下に敷いている木の板を持ち上げたその時だった。

木の板からツボが滑りおち、頭から地面に身を投げる姿がスローモーションのように私の目に飛び込んできた。
買ってもらったばかりのソフトクリームをそのまま地面に落としてしまった時の悲劇がフラッシュバックする。膝から崩れ落ちそうな、絶望的な光景が目の前に広がった。

「あああああ」

私は狼狽えながら地面に突き刺さる我が子を起こした。ツボの下は土がやや固くなっていて無傷だったものの、上半分はまだ柔らかかったためにペシャンコになっていた。

私は泣いた。
ここ1週間、尻の穴をズタズタにしながらやっとの思いで産み出した我が子を、私は自分の手で殺めてしまったのだ。この2年後に我が子を模した卵でも同じことをしてしまうとは、この時の私は想像すらしていなかったであろう。
へしゃげたツボを抱え、涙を流し呆然とする私に先輩は言った。

「公募展、今から作り直しだと間に合わないね」

そうだ、このままでは我が子を初舞台にも出してやれない。私が諦めようとしたその時、へしゃげたツボから僅かなエネルギーを感じた。心臓が身体中に血液を送るようなドク、ドクとした音が聞こえてくるようだった。か弱いながらも力強く刻む鼓動を感じた時、

「こいつはまだ死んじゃいない」

そう確信した。



私はツボを机の上に置き、へしゃげた頭の部分を金具のヘラを使って切り裂いた。死んだと思っていたのは私だけだった、この子はこんなにも生きようとしているじゃないか。元通りにとはいかないが必ず君に新たな肉体を与え、命を吹き込んでやる。
ヘラをメスのように握りツボを切り刻む私にはあの天才外科医、ブラック・ジャックが憑依していた。

15分ほど経っただろうか。
緊急オペを終えた私は机の上にヘラを置き、汗を拭った。

「手術は成功だ、あとはこいつの生命力に賭けるさ」

居もしない隣のピノコにそう呟いた私は、ツボを焼き釉薬を掛け、再び窯に送った。
1000度を超える灼熱に身を焦がし、2日かけて窯から出てきた我が子は当初の面影は一切なかったものの、苦難を耐え抜いた勇ましさがあった。私はあの大事故を乗り越えた我が子に相応しい名前を付け、あたたかなプチプチマットで包んで公募展へと送った。


1ヶ月後、公募展から1通の知らせが届いた。

【  入選のお知らせ   】

潮井エムコさん作  【    破壊   】が
△△展において入選した事をお知らせします。



大事故から生還した我が子はキラリと胸に光る勲章を誇らしげに見せながら、私に教えてくれた。


「人生は何が起こるか分からない。
    物は言いようなんだよ、母さん」

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