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うんちソムリエの仕事



私には誰にも言えない特技がある。
それはうんちの匂いを嗅ぎ分けることだ。

「うわ、やべー奴」とブラウザバックしようとしたそこの貴方、少しだけ私に時間をいただけないだろうか。


自分のこの能力に気がついたのは保育士として勤務を始めてからだ。

0歳児クラス12名のクラス担任になった私は、1日の1/3以上をトイレで過ごす毎日を送っていた。
月齢によって差はあるが、この年齢だと一人あたり約6〜10回はトイレでオムツを変えたり、オマルへと排泄を促したりする。一度トイレ係として腰を据えると次から次へとオムツを湿らせた子どもが入ってくるので、私が1日で変えるオムツの合計は50枚をゆうに超えていた。

うんちが出ている子どもはシャワー台に連れて行き、おしりを水と石鹸で洗いながす。新しい布オムツに交換した子どもを他の保育士に託した後は、汚れた布オムツを水で洗い流し、汚れたオムツ専用のボックスに入れる。これがオムツ交換の流れだ。(私が働いていた保育園は布オムツ、布パンツを使用していた為、失便の際はその都度の水洗いが必須だった)
ミルクしか飲んでいない赤ちゃんはともかく、離乳食が始まった子どものそれは大人のそれと大差のない立派さである。形状や色、匂いなどがその子の健康状態をありありと物語るので、便の観察は保育士の大切な業務の一つであり、私は状態を細かくチェックしていた。

元気なうんちなら良いものの、下痢や軟便の時は注意が必要である。なんらかのウイルスによる病気の可能性がある為、早期発見ののち速やかに対処しなければならない。集団で生活する子どもたちにとって感染症は脅威である。流行はできる限り食い止めたい。保育室内にオムツから下痢が漏れ出た時の悲惨さたるや、筆舌に尽くし難いのだ。


その緊張感から習得したと思われるのが、冒頭で記した「うんちの匂いを嗅ぎ分ける」能力だ。

そしてこの能力は保育士人生の中で、2度の進化を遂げる事になる。

最初に開花したのは、閉塞したクラス内で「誰かのうんちが出ている」事に気がつくことができる能力だった。
この能力は同じクラスの担任保育士から評判が良かったし、何よりオムツかぶれを防いだりトイレトレーニングのチャンスになったりと子どもの為になるので、会得した時は我ながら誇らしかった。お尻からこんにちは、と便が頭を出しかけている状態でトイレに連れて行きオマルで排便できようものなら、保育士たちは喜びのあまりリオのカーニバル顔負けのお祭り騒ぎである。地道な成功経験を重ねることが、オムツ卒業の小さくも大きな一歩なのだ。


この能力は次に「誰かのうんちが出ていることが室外でも分かる」よう進化した。
今までは室内の話だったが、園庭など戸外の風が通り抜ける広い空間でも僅かな匂いの変化に気がつくことができるようになった。戸外遊びは子どもたちにとって思い切り体を動かすことのできる大好きな時間だ。排便してもお構いなしで滑り台を楽しんだりするので、保育室に戻る時にはそれはもう大変な事になっている、なんて事態を未然に防ぐことができるようになったのだ。


室外でもうんちの匂いを察知できるようになった私は、最終的に「誰のうんちがどのような状態で出ているかまで分かる」ようになった。

100%私の直感なので、便の香りが個人をどのように特定するのか言葉にするのは難しいのだが、確かに“分かる“のである。これはもう毎日毎日赤ちゃんとそのうんちに向かいあってきた私の日々が産んだ賜物と言っていいだろう。

『この独特の酸味のある香り…○○ちゃんの下痢の匂いがする』『ミルクの豊かな香りの中に混じる鮮烈な渋み…△△くんの軟便の匂いがする』

これが分ればクラス中の子どもたちを調べずとも、ピンポイントでその子をトイレに連れて行くことができるので革命的な時間短縮につながるのだ。下痢や軟便は漏れ出る確率が非常に高いので対処に一刻を争う。清潔になって気持ちよさそうな子どもの表情を見るたびに、自分の能力を人の笑顔為に使うスーパーヒーローのような気持ちになっていた。

かくして私は「うんちソムリエ」として他の保育士から絶大な信頼を得て、子どもたちの健康と保育室の清潔を守っていたのだ。



保育士を辞めた今この能力の事はすっかり忘れていたが、先日友人とその息子(10ヶ月)と買い物に行った時に彼の排便を3回ともピシャリと言い当てることができたので、まだまだ衰えていないのだと気がついた。

いつかまた保育士として勤務することがあれば、特技として履歴書に是非とも書きたい能力だ。同業者にしかこの特技の重要性をわかってもらえないのが惜しいところである。

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