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女子高生の私が大好きな家庭科の先生に裏切られた話



家庭科の授業ではいつも先生に驚かされる。


その日も私たちは週に一度の楽しみとして家庭科室へやってきた。体験的な授業を多くされる先生だったため、座学は久々だった。今日は何をするんだろうと期待に胸を膨らませながら筆記用具を手に席に着くと、先生は言った。


「今から小テストを始めます。」


先生のその一言は、これから始まる楽しい時間の終わりを宣言したも同然だった。
テストという単語は我々学生にとって、条件反射で嫌悪感を抱いてしまう存在である。筆記用具だけを持って来させたのはこの為か、と授業を楽しみにしていた私は深いため息をついた。
裏返しで回ってきたプリントをお通夜のような気分で後ろに回し、机に伏せる。


「今からするのは指示遂行テストです。しっかり問題をよく読んで、その通りに行動してくださいね。しっかりと、よく読むんですよ。制限時間は3分です、はじめてください。」


あまりに短すぎる制限時間を宣告され焦りながらプリントをめくる。A4サイズのその用紙にはびっしりと、1から20まで設問が並んでいた。3分間で終わるわけがないと絶望しながら私は慌てて鉛筆を握り、テストを始めた。


【1・まず始める前に、以下の指示を全部注意深く読んで下さい。】

もちろんである。問題をしっかり読まなくては答えなど書けるわけがない。私はすぐに次の問に目を移した。

【2・右上の氏名欄にあなたの氏名をきちんと漢字で書いてください。】

テストでは名前が未記入だと0点になるのは常識だ。わざわざ注意を促すとはなんて親切な先生だろうか。

【3・ 1の文章のうち、「全部」という文字を丸で囲んでください。】

問3まで進んだのに指示の通り問1に視線を戻す。なんだ全部という字は一つしかないじゃないか。私は大きな丸でそれを囲った。

問の4.5.6は問3と同じような内容で、設問の文章にアンダーラインを引かせたり特定の文字を×印で消させたりといった奇妙なものが続いた。制限時間は残りどれくらいだろうか。クラスメイトのザッザッとした鉛筆の音が私を急かす。


【7・自分の右手で左肩を2回叩いてください。】


急に毛色の変わる指示に驚いたが、私は鉛筆を置き右手で肩をぽんぽんと叩いた。私の後に遅れてクラスメイトたちの鉛筆を置く音と肩を叩く音が教室に響く。みんなももう同じところまでたどり着いたようだ。
その後も耳を引っ張ったり、机を2回叩いたり、さっき書いた氏名にひらがなで振り仮名をつけたりと何の意味があるのかわからない問が続いたが私は完璧にこなした。
いよいよ15問目に差し掛かる。


【15・そろそろ終わりに近づいてきました。大きな声で「私は指示通りにできている」と言ってください。】


なんだこの問は。まだ誰の声も聞こえない。
もしや私が一番乗りか、と気を良くした私は教室中に響く声で「私は指示通りにできている!」と叫んだ。遅れてクラスメイトたちの同様の声が響く中、先生が言った。


「残り10秒です。」


まだあと5問もあるのにそんな。パニックになりながら次の問題を読もうとしたその時。


「はい。これで小テストは終わりです。
答え合わせをするので隣の人と答案用紙を交換してください。」


全部解くことはできなかったが、まぁまぁの点数は取れただろう。隣の子と答案用紙を交換してそれに目を落とすと、彼女は私よりも解けていなかった。私はまだマシな方だったのだと安心した。

先生はニコニコと、この場の私たちとは不釣り合いな笑みを浮かべたまま言った。


「さぁ答え合わせです。氏名はきちんと書けていますか?出来た人は手を挙げてください。」


私は元気にはーいと手を挙げた。クラスメイトたちも自信たっぷりに手を挙げている。先生はニコニコと笑顔を絶やさないまま、手を挙げた私たちを1人ひとり見渡し、そして言った。


「今手を挙げている人はみんな騙された人です。」


先生の予期せぬ発言にクラスの至る所から「えっ」と驚きの声が漏れた。
何を言っているんだ先生は。


「19、20を読んで下さい。」


困惑しながら最後の設問を読んだ私は、そこで初めて真実を知る事になる。




【19・さてあなたはこれまでの指示を読み終わったわけですが、1、19、20の番号の指示にだけ従って、その他の番号の指示は一切無視して従わないで下さい。】


【20・絶対に声を立てないでください。ここまで読んでしまっても、まだ書いているフリをしておいて下さい。】



やられた。一本どころか百本ほど取られた気分である。

先生が「よく読んでね」と念を押していたのはこの事だったのか。周りを見ると手を挙げていない生徒が数人いた。彼女たちは先生の言った通りに、「しっかりと問題をよく読んで」いたのだ。
元気よく手を挙げたお馬鹿さんたちは、人の話をまるで聞かない正真正銘のお馬鹿さんとなった。私たちはギャァと声にならない叫び声をあげた。


「世の中には人を巧みに騙してお金を奪う、悪徳商法がたくさんあります。契約書は最後までしっかりと目を通す習慣をつけて、そういった危険から自分で身を守れるようになって下さいね。」



手を挙げた我々は先生の言葉が、よく煮つけたがんもどきのように沁みに沁みた。
きっと悪徳業者たちはさっきの先生のように急かし、私たちに正常な判断が出来ないようにするのだろう。
先生はその後、悪徳商法の手口や困ったときに相談できる消費生活センターについて教えてくれた。

誰よりも早く、そして誰よりも素直にまんまと騙されてしまった私は自分の馬鹿さ加減を文字通り痛感する事となった。そして自分の頭で理解できない事はどんなにうまい話でも信じるまいと胸に刻んだ。


大人になってからも「1発どでかい宝くじが当たらんかな」が口癖だった不届き者の私は、自業自得も甚だしいがその後何度もマルチ商法の勧誘を受ける羽目になってしまった。
そのたびにきっぱりNOが言え、今も平和に暮らせているのは、やっぱりあの時の先生の優しい裏切りのおかげなのだった。

当時の家庭科のプリントです
(騙されなかった友人のものなので綺麗)

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