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泣いて笑って、東京旅行①




「東京で結婚式をするんだけど来てくれる?」

──これは私たちのはじめての東京旅行の思い出。


私とマミとミクは高校の同級生。かれこれ15年来の仲良しだが、思い返せば3人で旅行に行ったことは無かった。面倒くさがりで尻の重い私、旅行好きで活発なマミ、極度の潔癖症で大衆浴場の事を「知らない誰かのしっこ風呂」と呼ぶミクの3人が旅行に関して“混ぜるな危険”の組み合わせであるのは明白だった。それを自覚している我々は、互いに迷惑をかけぬよう気を遣って言い出したことはなかったのだ。
しかし今回ばかりはそんな事を言っていられない。苦楽を共にした心の友、ヨイコから結婚式に招待されたのだ。場所はまだ見ぬあこがれの地。大都会、東京。今回は誰が何と言おうが、行くったら行くのだ。



せっかく東京へ行くんだから予定を詰め込みまくろう!と貧乏性の我々が和気藹々と旅行の計画を練っていると、ヨイコから結婚式の余興という大役も仰せつかってしまった。『ヘヘッ、こりゃ一大事だぜ』と思わず鼻の下を人差し指でこする。責任の重さよりも、ワクワクの方が勝った。いつか結婚式の余興を任される日が来たら私の全てを出してみたい、という願いが胸の奥底で燻っていたのを思い出した。

仕事が忙しいマミに代わり、暇な私と時間に余裕のあるミクでどんな催しをするかのたたき台を作ることにした。
喫茶店でひらかれた会議は揉めに揉めた。心の友の人生一番の大舞台、つまらん余興ならしないほうがマシだと、アイデアを出し合っては全てボツにした。

「お祝いの黒板アートを動画にするのは?」
「黒板と時間と人員の確保が難しい。かけた苦労の割に映えない。ボツ」

「会場でライブペインティングをするのは?」
「会場との打ち合わせができないし道具の搬入だけで荷物が大変なことになる。リスクが高すぎる、ボツ」

友達とその夫、そしてご臨席の皆様に喜んでもらえる楽しい事がしたい。私たちの願いはたったそれだけなのに、これが苦しいほど叶わない。
ハァとため息をついてミルクティーに刺さった極太のストローに口をつける。底に沈んだカチカチのタピオカがボボボボッと口の中でぶつかり合った。気がつくと時間は3時間も経っていた。そらタピオカもカチカチになるわな、と呆れながら天を仰ぐ。悔しくなるほど、何の進歩もなかった。
テーブルの上に幻が見える。吸い殻がこんもりと積み上がった灰皿の幻が。2人とも喫煙者ではないのだが、やり場のないストレスを散らすためにタバコを吸う人の気持ちが痛いほどわかる、苦しい時間だった。

「もうだめだ、今日はこれ以上考えるのはやめとこう」

私がプレゼンのために用意していたiPadを閉じて鞄にしまうと、ミクもそうだねと席を立った。険悪とまでは言わないが、どことなく殺伐とした空気が2人の中を流れた。なんの収穫もないまま喫茶店を後にし、無言で地下鉄に向かう。己の無力さが悔しかった。

地下鉄の階段を降りる直前、不思議なことに天啓ともいえる閃きが私の頭に舞い降りた。まさに雷に打たれた、という表現が正しい。りんごが木から落ちるさまを見たニュートンが万有引力の法則を発見したように、天才のひらめきは突然やってくるのだ。

「クイズミリオネア………」

私がそう呟くと、ミクは電気が走ったようにバッと私の方を振り返った。眼鏡越しに、切長の瞳が爛々と輝いている。長年の付き合いである。言葉がなくとも、顔を見れば分かる。ミクが、私のやりたいと思ったことを全て察してくれたのだと。

私は何も言わずミクに右手を差し出し、固い握手を交わした。私たちの難産を労うように、夏のぬるい風が体を撫でた。乱れる髪の中で、ミクの瞳が一瞬不安で曇ったのを私は見逃さなかった。

私は言った。


「大丈夫。私が、みのもんたになる」


ミクの瞳から不安が消えた。




結婚式まで残り3ヶ月─────

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