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Doll 2号  no.2

no.1(1話目)はこちら
https://note.com/mmm12o2/n/n106685e6726a

—— カレー色の昼 ——


「おはようレナちゃん」

「おはようレナちゃん」

「おはようレナちゃん」

校舎に入ると、みんなレナの顔に向かって挨拶をしてくる。
やはり顔にだ。
みんな条件反射にレナの顔に反応し挨拶しているだけで、レナの中身の存在に気付くほどの注意は払っていない。
だから、レナがつるんとした頭部の皮膚に穴をあけているだけの生き物とし今廊下を歩き、教室に入り、座席に着き、ランドセルを開け掴むための器官を使って教科書を机の中にしまっているようには見えていない。
レナの顔をしたレナがそのようにしている。いや、そのようにしていることさえ誰も見ていないのかもしれない。
と、呼吸をし花粉などが入ってくると液体を出して防ぐ器官にそのものを掴む器官の一本を差し込んでみようかとしていると、

「お前髪は綺麗だな」

駆け込んできた隣の席の松崎さんちのコウくんがおはようを言う前に言い放った言葉が、聞く器官になだれ込んできた。
レナは差し込み掛けた器官をサッと隠し、松崎さんちのコウくん向けてしまった顔を背けた。
この「は」がやはり今の世のレナの顔に対する正式な評価だろう。
美しいかそうでないかが分からないのはレナの見解であって、世間が美しいとはしていないこともレナは同感した。
ただし、これは、レナの中身に対する評価ではない。
では、どうやった中身を評価されるのかというと、
やはり顔を変えるしかないのかもしれない……。
とレナは、見る器官と呼吸する器官と呼吸及び言葉をしゃべる器官などの穴をパクパクさせた。


「お前んちの親は今日くんの?」

穴を黒板に向けているうちに気付けば午前の授業が終わり、記憶がないまま給食を食べる器官から吸収し、松崎さんちのコウくんにそんなことを言われてやっと我に返るほどレナの中身は密かに緊張していたのかもしれない。

「さぁ」

「さぁ?って」

って、松崎さんちのコウくん鼻で笑われようと「さぁ」は「さぁ」でしかない。
ママには今日の授業参観のしおりは渡してはない。
けど、きっと見てしまっているだろう。
でも、今日の朝もそんな話はしなかったし。
多分、来ないんじゃないかとは思う。
しかも、1/2成人式で親に向けて作文を読む。
来るわけがない。

「まぁ、お前があんなこと言うからしゃーないわ」

と、レムがやっと瘡蓋が出来てきた古傷をゴリゴリ擦って、ペリぺリと捲ってきた。

また、穴が増えていく。

いや、ずっといたくない振りをしてきたが、もともと開いて穴だ。

1年生の運動会。
常田さんちのリカちゃんが
「なんでレナちゃんとレナちゃんのパパとママ似てないの?なんでレナちゃんのパパとママはあんな綺麗なのに、レナちゃんは綺麗じゃないの?」
と声を上げた。

その瞬間リカちゃんママこと常田さんちのママはすごい形相で常田さんちのリカちゃんのしゃべる穴を塞いだ。
その時までレナは親子はどこか似るものだと知らなかった。
ずっと、親が大人になったら似せた顔に作り変えると思っていたかだ。
だけれど、周りを見渡すと確かにまだ小さな子どもだと言うのに親と子はどことなく似ていた。常田さんちんリカちゃんとリカちゃんママは同じ丸い顔をしていて常田家だったし、郷田さんちのユウトくんはユウトくんパパ同じ四角い鼻をして郷田家だった。
リカちゃんママがレナのパパとママになぜか謝り、逃げるように他のママやパパたちの中に紛れ、みんなのパパとママもレナもレナのパパとママも見ないようにする空気が伝わった。
それは、レナがずっと見ないようにしてきた空気だったきがした。
すると、なぜだか見る器官から水が溢れ出した。
レナが狂気なのか、パパとママが狂気なのか、パパとママを見る人はレナを見えないようにし、レナを見る人はパパとママを見えてないような素振りを見せた。
パパが有名な整形外科医でママが有名なインフルエンサーで、地上60階に住もうとも、地域に貢献する立派な人でも、泣いてる人があれば手を差し伸べる優しい人でも。自分たちの想像できぬ感覚はシャットアウトする。
あれが世間という塊だ。
レナの中身以上に不可思議な何かの集合体を直視して、レナは動けなくなってしまった。

あれから、レナのパパとママは学校に姿を見せることはなくなった。
だから、今日も来るはずはないのだ。
別にレナは今日の授業参観にいなくていい存在なのだ。
けど、レナはこれでも教室の塊の一部だからいなくてはいけない。
レナは普通の生徒の振りをする。
普通の振りをして、望ぞまれている作文を書いた。
レナは今中身を捨てよう、みんながあいさつした顔の方をやろう。
表情が読み取れない程目が小さな顔の方のレナをやろう。
城山さんちのレナちゃんをやろう。
きっとレナが作文を読めば、どうせあの人形みたいな完璧な顔がチラつくだろうが、この場は普通の家族でもあることをやることがレナの役割だ。

「なんやうんこふんばってんのか?勇ましい顔して。なんや机の中になんか隠しとんのか?」

「うっさい。レムは今出てくんな」

と、レナは本気で声に出しそうになって呼吸及び食べる器官の穴を結んだ。
レナは血を送る器官が早く波打つのを感じた。
今、レムは勇ましい顔といった。
この、失敗した切れ目みたいな小さな目でも顔に出ているのが分かるのか?
中身を読み取られるのか?
いやそもそもレムはレナの中にいるから分かるのか?
自分の感情が顔に出ているのかと見る器官をキョロキョロさせ、ママが勝手にランドセルに付けた小さな鏡を初めて覗いた。
レナには変化は分からなかった。
動揺のドの字も見えなかった(これも初めて使った)。
レナはホッとし呼吸を及び食べる器官を穴を緩めようとしたら――

「どうしたん?」

隣の松崎さんちのコウくんと見る器官があった気がした。
今、中身を覗かれた気がした。

「なに緊張してんのか?」

レナはすべてがバレていることに、レナの中身が見える人が居ることに驚き、また血液を送る器官が強く波打った。


もうすぐ、授業参観が始まる。
やはりママの姿もパパの姿もない。
みんなのパパとママもレナを観ないことにしてくれている。
普通の子として扱うふりをしてくれているけど……。

レナは机の中に手を入れ二枚の作文用紙を掴む器官だからすなおに掴んだ。
AとBどちらにするべきか、爆弾の赤と青どっち切るべきか時間いっぱい悩むようにレナの順番を待った。

今、前前列の子が弟の誕生日の話をしている。
産まれた時の弟を見た感想と自分が産まれて時を重ね合わせて親に感謝するとは、10歳にしてはなかなかのテクニックだった。
「川野くんありがとう」富田先生の司会に合わせ拍手が鳴った。
呼吸及び食事を通す器官乾き張付くのを感じているとレナの順番が来た。

「では、城山麗奈さん。お願いします」

レナは机の中の右の掴む器官に力を入れ、居ない両親に向け呼吸及び会話をする器官を動かした。

私のパパとママは整形をしています。

レナ自身が緊張しているのか?周りが反応に戸惑ったか?空気が張り詰め刺さるような痛みを感じた。

だから私とは容姿は全くと言っていいほど似ていません。
私はずっと、顔は大きくなったら自分の生き方に合わせ変えるものだと思っていました。
でも、それは違うそうです。
親と子は似たような顔や形をして産まれてくるようです。
私がそれを知ったのは一年生の秋のことでした。
あの時、この世界では私のパパとママはおかしいのだと初めて感じました。
そして、それをパパとママはずっと感じてきたことにも気付きました。
あれからパパとママは学校にきていません。
それはパパとママがこの空気に耐えられないからではありません。
私を守るためです。

世の中には見て見ぬふりをする人が多くいます。
それは自分自身のことについてもです。
パパとママはそれをしなかった。
ちゃんとぶつかれる人です。
ちゃんと立ち向かえる人です。
私はそんなパパとママを尊敬しています。
たとえ顔が違っても。
私はパパとママの子でよかったです。
私はパパとママと一緒に好奇な目にさらされてよかったです。
レナは大丈夫です。

城山麗奈


音を聞く器官がジンジン熱かった。
拍手が鳴っているかは聞こえなかった。
気が付くと器が座っていた。
今、廊下にパパの姿が見えた気がした。
真っ白なシャツの襟に給食に出たカレーのシミがついているのも見つけた。

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