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Doll 2号  no.1

—— 白の朝食 ——

「ねぇ、どうしてママのおめめはそんなに大きいの?」
「それはね、みんなに羨望の眼差しで見られるためよ」
「ねぇ、どうしてママのお鼻はそんなにスッとして高いの?」
「それはね、人のことを馬鹿にして笑う人を“私の方が綺麗なのに何言ってんの?”って蹴散らすためよ」

レナずきんちゃんより


「レナちゃんのおめめは目頭を切開して、二重の幅をあと3ミリ広げたらもっと可愛くなるわね」

ママは口角が完璧に上がった唇にオーガニックのフルーツトマトを寄せ、そう言った。

地上60階。
周りには視界を遮るものはなく、ただ空を切り取っただけの窓を見るとレナのおうちは宙に浮いてるみたいだった。
そして、そのほぼ空から差し込む光を浴び、首筋のラインが一番綺麗に見える角度をミリ単位で微調整しては、ママは今日の自分を収集した。
リコピンは美容にいいらしい。
特に朝摂取するとお白い肌を守ってくれるとママが呪文みたいに毎日言う。
肌も透けるように白いママの前にはフルーツトマトの他に、トマトジュースとドライフルーツとナッツの入ったヨーグルトが並び、赤が白を強調していた。
大理石のテーブルに、白い石彫の壁がママに光を集め。
その白飛びした顔の画に#healthy lifeとでも添えるのだろうか?
ママは真っ白な人工物の歯を覗かせては、無駄な脂肪一切ない頬をフルーツトマトで膨らませ、撮ったばかりの写真を宝石でいっぱいの爪をキラキラ反射させ加工ながら——、

「あとはそのまあるいお鼻をママみたいにスッと高くしたら完璧ね」

と、続けた。

これがレナのおうちの朝食の風景だ。
リコピンやビタミンEや乳酸菌と一緒に、目だの鼻だのを切り刻む話が食卓に並ぶ。
昨日も、おでこの皺が気になってきたからヒアルロン酸を入れたほうがいいいいか?と相談された。
けど、レナは顔なんてすぐに交換できるんだから「別に好きにすれば」と思った。
ふと、あのパンのアニメみたいに、急にどこからともなくママの新しい顔が飛んできてくるくると交換されるのを想像して咽喉の奥でこっそり笑った。
ら、咽喉の奥にライ麦パンのクズが引っ掛かた。

「てか、あいつお前の顔も見ないで鼻にクレームか?」

それで、これが私の相方のレム。
レナの脳内に住まわせているツッコミ担当だ(たまにボケる)。
そう、住んでいるのではない。住まわせている。
ママがビジューと美容に陶酔るように、レナがお笑い様に陶酔し脳内で作りあげたと本人が自覚しているので、まだ見様見真似でツッコミも未完成でただのお喋りでしかない気もするが、別にお医者さんに見せるような症状ではないと思う。多分。
もしかしたら、ママの方がお医者さんに見せるべきと言う人もいるくらいだろう。

ママはラメが敷き詰められた唇を咀嚼に合わせ柔らかく動かし、スマートフォンの中の自分に微笑み掛けながら、ちゃんと歯を磨き髪をとかすようレナに告げた。


レナ(麗奈)の名前は『レナードの朝』のレナードからきている。
別に、映画の内容に感銘を受けたとかそういう話ではないらしい。
なんなら、付けた本人のママも映画は見たことない。
ただ、“湖の畔を朝日が差し込むイメージで素敵でしょ”と言葉の響きだけで付けたから、レナードが男性の名前だということ知らないだろう。
ママをここまで作り上げた主治医でもあるパパも、ママにうっとりしてか、自分の腕にうっとりしてかただ“いいね”と微笑んでいたに違いない。
この前気になって学校の帰りググってみたら、嗜眠性脳炎とかいう病気の人が薬の効果で30年ぶりに目を覚ます話らしいが、きっと30年も経てば眠りに落ちた時の顔と大分変ってしまっているだろう。
変わり果てたレナードも自分の顔にヒアルロン酸を注入したいと思ったのだろうか……。

「おい、レナ!そんな鏡のぞき込んでなに自分にうっとりしてんだ」

はいはい、この脂肪が分厚くのった瞼に、開け損ねたお菓子の袋程度の裂け目しかない目に、だんごが3つ並んだ鼻と、Eラインから完全にはみ出る下がった唇がクールで最高!なわけあるかい。と、レムにノリツッコミで返してみたが、正直この洗面台の鏡に映る顔が美しいのか、もしくはそうでないのかレナは分からなかった。ママとパパがわざわざ手術して作り上げた顔のように、大きな目と、高い鼻と、シャープな輪郭が正解ならば、その反対ののっぺりとしたレナの顔はきっと美しくないのだろう。

だが、どうせ換えは利く……。

レナにとっては、今鏡に映る腫れぼったい目も、だらしない唇も、潰れた鼻も、ただ見るだけの器官、食べるだけの器官、呼吸するだけの器官であってそれに対して美しいという評価はどうでもよかった。もっと簡略化して言えば、頭頂部の皮膚の表面に開いたただの穴。今目の前では、ただの穴の横にただのライ麦という種類の麦で作られたパンのクズが穴から漏れる呼吸に合わせてひらひらと揺れているだけでしかなかった。

だとしたら、このレナという名前——。

は、この器(顔)に付けられたものだろうか?
または、中身(あるのであれば魂)に付けられたものだろうか?
いや、学校のみんなはレナの顔を見てレナを認識しているように思う。
だとしたら、やはりレナはこの顔に付けられた名前なんだろうか?
どうせ、いつか変わってしまうのに……。
それに、この顔にレナは似つかわしくない。
ゴンザレスからとってゴン。
あたりの方が生かせる気がする。

など、レナは横にパンくずの付いた穴から泡を上げながら考えたのは今日だけのことではない。

使いづらいが形の良いグラスに水を注ぎ空洞の中を濯いだ。

ペッと吐き出すと、洗面ボールに開いた排水溝に流れていく歯磨き粉の泡を眺め、なぜかレナはあのパンアニメの取り換えられた古い顔がどううなってしまったのか気になって、また穴が開いただけの顔をのぞいた。

「てか、どんだけ自分好きやねん」

の、レムの声にハッとし、ダークカラーのフローリングを滑るようにかけ、昨日のうちに用意してあったランドセルを担ぎ、玄関でトントンローファーの先を鳴らした。

ファーのスリッパを履いたママのゆるい足音が近づいてくる。

「綺麗な髪ね」

というママの一言には、レナも同感だった。



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