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【#上京のはなし】高橋さんが教えてくれたこと


2016年3月27日。上京し、ひとりぐらしを始めた日。18歳の春。大学の入学式を控えた春のこと。

上京にあたっての引っ越しは、業者に頼まずに行った。荷物をたっぷり積むことのできる大型車を使って。

受験を終えて、進学先が決まり、都内で借りる家を決めて、引っ越しの日程を検討していたある日、父は言った。

高橋が、引っ越し、やってくれるって!頼むか〜!

18歳の春、「高橋さん」という単語を久しぶりに聞いた。


高橋さんとは、その当時20代半ばの男性。父親の職場の部下。新卒で父の職場に入社した、父と同じく営業マン。

ある日父は、高橋さんを我が家へ呼んだ。それで、一緒にご飯を食べた。わたしが中学生の頃だったと思う。

自分の生活の登場人物をもれなく周りに共有したがる父のことなので、高橋さんのことはわたしも母も弟も、会う前から家族全員がなんとなく知ってはいた。実際に会ってみると、想像していたよりも背が高くて、松山ケンイチにそっくりな、イケメンなお兄ちゃんだった。

その後も何度か一緒にご飯を食べた。東日本大震災の時には、食糧を分け合った。高橋さんの家にお呼ばれして、高橋さんの奥さんも一緒にご飯を食べたこともあった。

そんな家族ぐるみのお付き合いであった高橋さんだったが、その後、奥さんのお父さまの会社を継ぐことになり、会社を退職した。

それからは父の生活に登場しなくなったため、すっかり父から高橋さんの話を聞く機会も減り、高橋さんのことは、わたしは正直忘れかけていた。

そんな矢先に、久しぶりに聞いた「高橋さん」が

「高橋が、引っ越し、やってくれるって!頼むか〜!」

という父の発言だった。聞くと、高橋さんの奥さんのお父さまの会社は土木系のため、退職後は、大型免許を取得して働いているとのことだった。


3月27日の早朝、高橋さんは、大型車を運転して我が家にやってきた。数年ぶりにお会いした高橋さんは、営業マンを絵にかいたようなさわやかな好青年だったのに、いつの間にか髭を生やした強面な兄さんになっていた。

高橋さんが乗ってきた車に引っ越しの荷物を搬入し、都内へ。

到着し、荷物をマンションに積み下ろし、荷解きの前に、わたしと母と高橋さんとで、マンションの近くにある定食屋さんに入った。父は、昼前に到着する予定だったガス会社が予定どおりに来なかったために、マンションで待機してくれるとのことで、3人で入ったのだった。

その定食屋さんで、高橋さんに

引っ越しやらされて大変ですよね、すみません…ありがとうございます…!

と言った。

だって、いくらそれなりに付き合いのある人とはいえ、何時間もかかる都内まで、大型車を運転して引っ越しを手伝ってくれるなんて、そんな親切なお兄ちゃん、いるわけない。父が、部下、なんなら元部下の貴重な休日を、私用に付き合わせるモンスターな上司であることが頭をよぎったため、申し訳なく思い、言ったのであった。

そうしたら、高橋さんが

いやいや、俺が引っ越しやります!って言ったんです!
〇〇(父)さん、最初の上司で、お世話になったので!
大学決まったのも、すぐLINEくれて…受験どうだったか聞きたくても聞けなかったからよかったよ〜

と。

えっ、そうだったのか。引っ越しは、高橋さんの提案だったのか、と父がモンスター上司ではなさそうで安心した。というか、退職後も、父と高橋さんはまだ連絡とるような仲だったのか……。


荷解きもだいたい終わり、マンションの前で高橋さん、それから両親とお別れをした。いよいよ今日から東京暮らしがスタートだ。

お別れの時、「気をつけてね」「またねー!」と言っても、父は全く目を合わせてくれず、「うん」とだけ言って、一度もこちらを振り向かずすぐに車に乗ってしまった。

寂しいとは絶対に言わない。でも、あまりにわかりやすく寂しそうな父の背中は、小さかった。数日後、大学の入学式の会場で待ち合わせているというのにも関わらず。


月日が経ち、わたしが大学4年生の時の夏、高橋さんがパパになった。高橋さんは、うまれた息子を連れて我が家にやってきた。もちろんその日、わたしは帰省をした。

その半年後、わたしが社会人になる春、弟が大学に進学するために上京することになった。弟の引っ越しも、わたしの時と同じように、高橋さんは大型車を運転して荷物を運搬してくださった。
(ちなみに弟は、偶然にも、高橋さんが通っていた大学に進学することになった。)


今、社会人になってみて、やっと気が付いた。

高橋さんと父の信頼関係は、とても深いものだということに。20歳も年の離れた部下と上司がプライベートでも関わることは、普通ではないということに。

プライベートの時間を使って前職の上司の子供の引っ越しを手伝おうと思えるだなんて、うまれた子供を前職の上司に見せに行こうと思えるだなんて、高橋さんはマジでいいやつなんだということに。

そして何より、子どもの進路決定の報告をしたり、上京を手伝ってもらったり、うまれた子供を見せにきてくれる、部下とそんな関係を築ける父は、慕われている上司だったのだろうということに。

新入社員にとっての「最初の上司」というのは印象に残る存在で、きっと、仕事でみせる上司としての父の背中は、高橋さんにとって、大きかったのだろうということに。

社会人になってみて、ようやくわかった。


2024年。
わたしは、上京して9年目となった。

これまでに、何度も実家と都内を行き来した。しかし、父と別れる時、父は、いまだに一度も目を合わせてくれたことがない。一度も振り向いてくれたことがない。

「じゃあまたね」「気をつけてね」「次に会うのはお盆だね」

何を言っても「うん」としか返してくれず、いつもの陽気さはどこに行ってしまったのだ、と思うほどに、分かりやすく寂しがる父の背中は、やはり小さい。

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高橋さんは、仮名です

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