【プロ野球】混セ/ヤクルトが「マイナスゲーム差」で首位になるのは何故か?
NPBの今シーズン、セントラル・リーグ上位3チームは稀に見る混戦である。
9月22日、首位の阪神タイガースが敗れ、2位の東京ヤクルトスワローズが勝ったため、ヤクルトが今季初の首位に浮上した。
ここで面白いのは、首位・ヤクルトと2位・阪神の「ゲーム差」である。
首位のヤクルトが、2位の阪神に、「マイナス0.5ゲーム差をつけている」?というのはどういう状況なのだろうか。
プロ野球ファンなら、そういうことがありうる、というのは知っていたかもしれないが、どうしてそうなるか、その理由を説明できる人は多くないかもしれない。
スポーツニュースでは、NPBの順位を説明するときに、必ず、「ゲーム差」をフィーチャーする。「首位・〇〇と2位・〇〇のゲーム差は2に拡がりました」などと説明する。
だが、今季に限って言えば、この説明は非常に誤解を招くものだということを理解したほうがよい。
なぜだろうか?
リーグ戦における「ゲーム差」の求め方
そもそも、リーグ戦において「ゲーム差」というのはどうやって求めるのだろうか。
もっとも簡単に説明すると、以下の数式で求められる。
{(上位チームの貯金数あるいは借金数)-(下位チームの貯金数あるいは借金数)}÷2
(「借金数」はマイナスであらわすものとする)
つまり、両チームの貯金差(借金差)によって、両者の差を計ろうとするものだ。
すなわち、現在のセントラル・リーグの上位2チームに当てはめると、
{(首位・ヤクルトの貯金数)-(2位・阪神の貯金数)}÷2
={(56-42)-(63-48)}÷2
=(14-15)÷2
= ー0.5
確かに、マイナスになる。
一方、首位・ヤクルトと最下位・広島のゲーム差を求めてみると、
{(首位・ヤクルトの貯金数)-(6位・広島の借金数)}÷2
={(56-42)-(44-60)}÷2
=(14+16)÷2
= 15
広島は、首位から15ゲーム差の最下位、ということになる。
では、「1ゲーム差」というのはどういうことかというと、首位のAチームと2位のBチームの間で1ゲーム差がある場合、Bチームが1勝し、Aチームが1敗すれば、ゲーム差はゼロになる。
すなわち、1位のAチームと2位のBチームとのゲーム差が2あるとする。
両チームが直接対決し、Aチームが2連勝すれば、ゲーム差は4になり、Bチームが2連勝すれば、ゲーム差はゼロになり、1勝1敗なら、ゲーム差は2のまま、変わらない。
どちらかが1勝あるいは1敗して、もう一方のチームが試合がない、引き分けた、というケースであれば、0.5ゲーム差が開くか、縮むことになる。
すなわち、今季、広島はこれから15連勝して、ヤクルトが15連敗すれば、ゲーム差はなくなることになる。
不可能ではないが、ほぼ現実的でないことはご理解いただけるだろう。
従って、この「ゲーム差」という指標は直観的に、二つのチームがどれくらい勝敗差(あるいは貯金・借金の差)が離れているかを表す指標としては優れている。
日本において野球に関するほとんどすべてのものは、アメリカから来ているので、このリーグ戦における「ゲーム差」という考え方も、かつて日本でプロ野球の長期のリーグ戦を行おうとした際、アメリカから一緒に導入されたに違いない。
だが、ここで「ゲーム差」という指標には二つ、落とし穴がある。
例えば、MLBとNPBのレギュラーシーズンを比べた場合、二つ、大きな違いがある。
それは、「引き分けの存在」と「消化試合数の違い」である。
「ゲーム差」の意味を無効化する要因 ①引き分けの多寡
MLBには「引き分け」が存在しない。決着がつくまで試合をする。
一方、NPBにはこれまで歴史的にみても、シーズンによって取扱いは異なるが、「引き分け」がありうる。
これが順位決定に及ぼす影響を考えてみよう。
MLBのように「引き分け」がなければ、レギュラーシーズンで各チームが全試合を消化すると、順位を決める際、「勝利数」であっても、「勝率」であっても、結果は同じになる。
だが、NPBのように「引き分け」が存在すると、同じリーグでもっとも「勝利数」を挙げたチームと、「勝率」がもっとも高いチームが異なるケースが出てくる。
NPBのレギュラーシーズンの順位の決め方は、「勝利数」ではなく、「勝率」である。
「勝率」を決める計算式は、
(勝率)=(勝利数)÷(勝利数+敗戦数)
すなわち、同じ試合数を消化しても、
・引き分けが多いチーム →分母が小さくなる
・引き分けが少ないチーム →分母が大きくなる。
そうなると、レギュラーシーズンの順位争いを「ゲーム差」という概念で説明しようとすると無理が出てくるのである。
特に今季のNPBのレギュラーシーズンはコロナ禍の影響で、9回終了で同点の場合は打ち切りとなるため、引き分け数が激増している。
従って、ある時点で、二つのチームがほぼ同じ試合数を消化していても、勝率を計算するときの分母に大きく差が出てしまう可能性があるのである。
例えば、今季のセ・リーグの場合、ヤクルト、巨人、中日は引き分け数が15試合、16試合、14試合とそれほど変わらないが、阪神は引き分けが6チームでもっとも少なく、5試合しかない。
引き分けの数が10も違うチーム同士のゲーム差を比較しても、あまり意味がない。
このことはなんとなく理解できているが、正確には理解できていない人が多いかもしれない。
なぜなら、引き分けが多いチームと少ないチームでは、次の1勝、次の1敗の価値が異なるからである。
どういうことか。
例えば、9月22日の試合開始前時点で、阪神とヤクルトの勝敗数と勝率を見ると、
①阪神 63勝47敗 5分 勝率.5727 (貯金16)
②ヤクルト 55勝42敗 15分 勝率.5670 (貯金13)ゲーム差1.5
阪神は、ヤクルトに1.5ゲーム差をつけて上位にいる。
勝率では、5厘7毛差である。
ここで9月22日、お互いに、別のチームと試合をして、阪神は敗れ、ヤクルトは勝利した。
両チームのゲーム差は1つ縮まるのはわかる。
だが、ゲーム差でいえば、阪神のほうが0.5ゲーム差でヤクルトの上にいるはずである。
ところが、勝率を見ると、
②阪神 63勝48敗 勝率.5677 (貯金15)
①ヤクルト 56勝42敗 勝率.5714 (貯金14)ゲーム差0.5
貯金が少ないヤクルトが勝率でみると、3厘7毛差で阪神を逆転している。
つまり、引き分けが多いヤクルトのほうが勝率を求める際の分母が小さいので、1勝したときに上がる勝率が、分母の大きい阪神より大きくなってしまい、一方、引き分けの少ない阪神は1敗したときに下がる勝率が、分母の小さいヤクルトより大きくなってしまうのである。
貯金が少ないほうのチームが、貯金の多いチームを勝率で逆転してしまう、これが、「マイナスゲーム差で順位が上位に来る」ことを引き起こす要因である。
つまり、両チームはこのことを頭に入れながら、勝負に臨まないといけなくなり、「ゲーム差」という直観的に差を示すことができる概念が当てにならなくなるのである。
ゲーム差を無効化する要因② 試合消化数の違い
もう一つ、各チームの試合消化数に差があると、「ゲーム差」という数値はあまり意味をなさなくなる。
何故なら、引き分け同様、順位を決める「勝率」を計算する際、各チームの分母に差が出てしまうからだ。
だが、試合消化数の差は、引き分けがなければ、最終的には収斂する。
最後には各チームの分母(=試合消化数)が必ず一致するからである。
幸い、セ・リーグの上位3チームは試合消化数にはあまり差がない。
それでも、やはり、首位・ヤクルトの試合消化数がもっとも少ない。
これは、雨天中止がありうる神宮球場を本拠地にしているからである。
一方、3位の巨人は、本拠地を雨天中止のない東京ドームにしているため、6チームの中でももっとも試合消化数が多い。
これが今後、どのように影響してくるか。
残り試合が多いチームのデメリットは、試合日程の消化が厳しくなることである。特にビジターゲームで雨天中止の振り替え試合が組まれると、移動が増える可能性がある。
一方、残り試合が多いチームのメリットは、試合消化の早いチームの動向を見ながら戦える点である。
今シーズンでいうと、セ・リーグの上位3チームの最後の6日間の試合日程はこのようになっている。
10月19日 DeNA対巨人(横浜) 阪神対ヤクルト(甲子園)
10月20日 DeNA対巨人(横浜) 阪神対ヤクルト(甲子園)
10月21日 ヤクルト対広島(神宮) 阪神対中日(甲子園)
10月22日 ヤクルト対広島(神宮)
10月23日 巨人対ヤクルト(東京ドーム)広島対阪神(マツダ)
10月24日 ヤクルト対巨人(神宮) 広島対阪神(マツダ)
現時点では、阪神、ヤクルト、巨人の最終戦は10月24日(日)となっている。
ヤクルトは6連戦となっており、一方、阪神は中1日、巨人は中2日、試合がないため、当然、先発投手の運用を含め選手の休養に当てられることで余裕が出てくる。
ヤクルトは巨人との直接対決の前までに優勝を決めておきたいところだ。
このまま、ヤクルト、阪神、巨人が三つ巴で最後の最後までもつれた場合、この日程はどのチームに有利に働くだろうか。
一方、MLBはどうかというと、毎シーズン、ほぼ同じ日に全チームのレギュラーシーズンの全日程が終了するように、対戦カードが組まれている。
MLBでも当然、試合の雨天中止はありうるが、各チームともレギュラーシーズンの最終戦は同じ日に終わるように、設計がなされているのである。
したがって、日本のNPBのような不具合は起きにくい。
NPBの関係者はこのことをどう考えているのかわからない。
どちらかのチームに有利、不利かといえば、やはり、終盤になって、休養日を持って戦えるチームのほうが有利といえるだろう。
しかも、NPBの場合、引き分けの多寡と、消化試合数の差異によって、順位争いにおけるゲーム差という指標が機能しなくなることを理解しておく必要がある。
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