物語『30年目のスタートライン』
「年々早くなるよ」
歳の話になると、決まって目上の方々に言われていたこの言葉を、最近、実感するようになった。
去年のことだと思ってたことが一昨年だったり、学生の頃に聴いてた曲が懐メロと呼ばれ始めたり…
気付けば、20代の終わりが迫っていた。
しばらくおさまっていた結婚報告が、またちらほら届くようになる。
20代で2回位ラッシュが来るよ、という助言もしっかり当たったようだ。
自粛を推奨され続けた結果、何年も会えてなかった友人と再会したのは、昨日のこと。
きっかけは、薫の結婚報告だった。
私は出張ついでに、週末を地元で過ごせるように段取りをした。
当日、高校の友人である薫、百合、紘とテーブルを囲むと、百合の左薬指に指輪が光っているのが見える。
「あれ?百合、もしかして…」
私の視線に気付いた百合が、思い出したように頷く。
「忘れてた。去年結婚したんだよね」
「えー!言ってくれたら良かったのに」
「実は誰にも連絡してないんだ。こうやって会った時に話せばいっかなって」
百合らしい言葉に、おめでとうと言いながらも私はまた、おいていかれたような複雑な気持ちになっていた。
30歳は大きなわかれ道のような気がしている。
そこに一歩一歩近づくにつれて、私は後悔することが増えていた。
結婚して家庭を持ててるわけでもなく、仕事で大成して何者かになってるわけでもない。
私は何も持っていない…
友人の仕事の話やどんどん大きくなる子どもの姿を見ながら、そんなことを考える。
振り返ると、私が選ばなかった道の先がキラキラと輝く。
隣を歩いていたはずの友人たちの姿は、もう私からは見えない。
でも、その歩んできた道が、私には眩しい。
乾杯の後、今日の主役、薫の結婚相手についてや馴れ初め、これからの生活の話を聞いた。
「え、相手って松下くんなの!?」
「そうそう。びっくりだよね」
「あの頃めっちゃやんちゃで、薫むしろ嫌ってなかった?」
「うん、近づかないでほしかった」
「めっちゃ嫌いじゃん」
そんな大嫌いな彼との再会は、成人式の二次会だったらしい。
帰りの方向が一緒で、危ないからと家まで送ってくれてから、定期的にご飯に行くようになったのだという。
今ではラブラブで、二人で出掛けた写真をたくさん見せてくれた。
「それで、紘は?彼氏とどうなってるの?」
「あー、いつの話?彼氏の話なんかしたっけ?」
「初めて年上と付き合って…みたいな?」
「あぁ、あれ!もう6年位前とかじゃない?」
さっきまで楽しそうに話していた紘の視線が下がる。
「私は、恋愛とかはいいかな。結婚とか子どもとかも特に」
「そうなの?」
「うーん、なんかめんどくさいなぁって」
思い返すと、たしかに恋愛に浮かれてる彼女を見たことはなかった。
でも、結婚はしたくない、そう言い切れる彼女を私はかっこいいと思った。
紘は仕事で大きなプロジェクトを任され、チームのまとめ方や進め方に四苦八苦してるとぼやく。
でも、その表情は嬉しそうで、やりがいのある仕事をしているのだと感じた。
ドリンクのおかわりと、コースの料理が運ばれてきて話が中断される。
私は少しゆっくりと目の前の皿やカトラリーを重ね、ドリンクに悩むフリをした。
店員さんがテーブルを離れ、また話が再開する。
次に話す百合は、また淡々と仕事や新婚生活について話してくれた。
「子ども作るぞ!って頑張るの嫌だから、自然に任せることにしたんだよね」
「旦那さんとの温度差とか、色々大変って聞くもんね…」
「うん。そのせいで空気悪くなるくらいなら、子どもいなくても、毎日穏やかに過ごせる方がいいなって」
そこからしばらく薫と百合の旦那さん談義が始まり、2人の対談を邪魔しないよう、楽しく見守っていた。
そんな2人の話が落ち着いた頃、ついに私に話が振られた。
私は自分の番がこないよう、みんなの聞き役に徹していたのに、それがバレてしまった。
「いや、一番気になるの怜のことだから!」
「そうだよ!今、何やってるの?」
「今は、小さい事務所の経理やりながら、イラスト描いてる…副業にあたるのかな?」
「えー、すごい!夢も叶えたんだね!」
就職と同時に街を出た私は、その数年を振り返り、順番に頭の中でハイライトを作って話した。
みんなが着実に地盤を固める中、1人だけまだフラフラしている自分が情けなかった。
早く終わらせたい一心で、いつもより少し早口になりながら話すと、途中で各々が質問をし、相槌をうってくれる。
「え、その人の名前聞いたことある」
「ほんと?」
「うん、テレビ出てなかった?見たことある!」
話を聞く3人が少しずつ前のめりになっていく。
新卒で入ったレコード会社を辞め、バイトや派遣でラジオ番組や動画配信、住宅展示場の受付、建設会社の事務、今いる芸能事務所。
転々としてみた一貫性のない仕事内容に、我ながら辟易とする。
やっと話が現在に追いつき、3人の顔を見ると、その瞳はキラキラと輝いていた。
「いろんな経験をして、視野が広がった20代だったんだね。選択肢がいっぱいあって羨ましい」
紘のその言葉に泣きそうになる。
結婚もせず、いつまでそんなことやってんの?と、呆れられなかったことにホッとしたのだ。
飲み放題のラストオーダーを機に、私達は店を出た。
店の前でみんなと別れて、懐かしい町並みを歩く。
歳を重ねるごとに、積み重ねる大切さを感じるようになった。
細かいところは変わっているが、雰囲気は変わらない街を見て呟く。
「私もここにいられたら良かったのかな」
地元に残った子達は、文句を言いながらもみんな自分の道を見つけ、先を歩いてるように感じていた。
そんな羨望が、いつの間にか嫉妬に似た感情になり、私を卑屈にさせたのかもしれない。
でも、私がそうであるように、彼女たちもまた私を羨ましく思ってくれるのだと気付いた。
結局、ないものねだりだ。
「視野を広げた20代」
タイトルをつけて現在から過去になった途端、学んだことやできたこと、楽しかった瞬間を思い出す。
少し薄暗かった道がやけに明るい気がして、見上げると大きな満月が微笑んでいた。
30代はどんな10年にしようか。
柔らかな光に包まれて、自然とそんな風に考えた。
後悔はいつでもできる。
だから、自分が見つけたものを大切にすすもう。
未来の自分が、この10年を後悔しなくてすむように。
スタートラインはもう、目の前だ。
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