009.ジャニス・イアン

台風19号の同時多発的な堤防決壊の映像を見つめていると、決まってジャニス・イアンの “Will you dance ?” が耳元で鳴り始めます。

これは1977年(昭和52年)にTBSで放映されたドラマ「岸辺のアルバム」の主題歌だったもので、番組冒頭で、多摩川が決壊し、家々が濁流に飲み込まれていく映像と共に毎週この歌が流れました。

脚本家の山田太一は、このドラマでこれまでの温かいファミリードラマとは一線を画した、新たなジャンルを築いたと言われたものでした。

このドラマでは、多摩川の岸辺に住む両親(杉浦直樹と八千草薫)と大学生の長女と浪人生の長男(中田喜子と国広富之)の四人家族が、一見幸せそうに見えて、実はそれぞれに家族に言えない秘密を抱えながら生きています。そこに1974年の水害が襲いかかり必死に家族のアルバムを救い出そうとするのですが、そのアルバムとは、真の家族の姿というより偽りの家族の姿の象徴であるという暗示がなされるのでした。


小学生から中学生にかけて毎日のように一緒に遊んでいた友人の家も、この時、東京都と神奈川県の都県境を流れる境川の氾濫で一階が水没してしまいました。友人一家は近くの公民館に避難していて無事でしたが、被害は大変なものでした。

水が引いてから、私たちも及ばずながら、濡れた家財道具を運んだり、食器を洗ったり、書類を乾かす手伝いをしました。白衣を着た保健所の人が大勢やってきて、片手でシュコシュコする昔ながらの噴霧器で白い消毒液をあちこちに撒きながら「疫痢に気をつけてください」と言っていたことを思い出します。

友人の家の庭には古井戸があって、夏は冷たく冬は温かい水が飲めて、外を駆け廻って遊んでいた我々にとっては便利な井戸でした。けれどもその水害以降は飲めなくなってしまいました。

そんなことも思い出しながら、小田急線で多摩川の鉄橋を行き来しながら、毎朝毎夕、通学・通勤で鉄橋を渡るたびに、私の耳の奥ではいつもジャニス・イアンの “Will you dance ?” が鳴っていました。長年に渡って、私の多摩川のテーマソングでした。

ずっと大人になって、インターネットが日常になったある日、ふと、どんな歌詞なんだろうと思って調べてみたことがありました。若い頃に聴いた外国の曲の多くは、歌詞の意味をまったく知らずにサビの部分だけを口ずさんでいたものです。

歌詞を見てひどくショックを受けました。こんな内容の歌だとは知らずに、気軽に口ずさんでいましたから。

門外漢であまりに稚拙で恥ずかしいのですが、試訳を添えてみました。Youtube で、多くの映像や歌声、専門家の訳詞を見ることができるので是非お聴きいただきたいと思っています。

”Will You Dance?”
Janis Ian

Someone is waiting
Over by the window,
just beyond the stairwell someone's crying
Drowning in the words of the prophets
that are written for the dead and the dying
Someone's lying. No one's buying.

誰かが窓辺で待っている
吹き抜けの階段の上で泣いてる人がいる
死者と死にゆく者の為に書かれた預言者の言葉に溺れながら
誰かが嘘をつく。誰も真にうけない。

Someone is dying.
Panic in the streets
Can't get no relief, someone escaping
Waiting on a line for the holy revolution
Parading illusion
Someone's using. Most amusing

誰かが死んでいく
街はパニック
収束することはなく誰かが逃げ出す
聖なる革命、幻のパレードの列に並びながら
誰かが利用している とても可笑しい

Will you dance, will you dance?
Smell of caviar and roses
Teach your children all the poses
How familiar are we all…
Will you dance, will you dance?
Light fantastic in the morning
How romantic to be whoring
Boring though it may be
Who'll survive
if you and I should fall

踊りましょう
踊りましょう
キャビアと薔薇の匂い
子どもたちにポーズでいいからみせてあげて
私たちみんなの仲がどれほど良いか
踊りましょう
踊りましょう
朝の光はファンタスティック
娼婦となるのはロマンティック
どうせ退屈するでしょうけれど
もしあなたと私が死んだら一体誰が生き残るの

Someone is bleeding
Crimson in the night
Strangers, in the light a sudden meeting
Greeting one by one every life runs
flashing before those dashing eyes
Will you dance, will you dance?
take a chance on romance
and a big surprise?
Will you dance, will you dance?
Take a chance on romance
and a big surprise?

誰かが夜中に真っ赤な血を流している
見知らぬ人々が、光の中で、遭遇する
一人一人と挨拶し、
すべての人生が、瞬時に彼らの鋭い目の前を駆け抜ける
踊りましょう
踊りましょう
ロマンスや思いがけないチャンスを掴むのよ
踊りましょう
踊りましょう
ロマンスや思いがけないチャンスを掴むのよ
(Lyrics は Janis Ian のサイトからお借りしました)

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した時、ジャニス・イアンも受賞すればいいのにと思ったのはきっと私だけではないはずです。

ジャニス・イアンには、”Love is blind” や “At Seventeen” など他にも名曲は数多くありますが、この "Will you dance ?" は私にとっては特別です。歌詞の内容を知った今となっては、名作ドラマ「岸辺のアルバム」の主題歌はこの曲以外には考えられません。

この世の矛盾と感情を歌う文学者、ジャニス・イアン。彼女の歌を脳裏で聴きつつ、すべての不条理が濁流に押し流されてしまえばいいと思いながら、今日もまたニュース映像を見つめてしまいます。


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