115.新宿ピカデリー

本稿は、2019/10/12に掲載した記事の再録です。

母が、映画「エクソシスト」のチケットをどこからか手に入れてきたのと、駅前の映画館で「風と共に去りぬ」を観た(007.駅前の映画)とどちらが先だったでしょうか。

いずれにしても1974年秋、中学3年生の時に、日本中に「エクソシスト」の大ブームが起こりました。テレビをつけると、悪魔が乗り移った女の子の首がフクロウのようにぐるりと回る怖いCMが繰り返し流されていました。

学校でもこの映画の話でもちきりでした。お兄さんのいる男子生徒は、「欧米のキリスト教の信者にとっては怖いけど、日本人には大して怖くないらしいよ」などと訳知り顔で解説していました。

私たち女子は、小学校6年生の時に別マと呼んでいた別冊マーガレットに2ヶ月に渡って連載された美内すずえの「13月の悲劇」に夢中になったことを思い出しました。魔王ルシフェルの出てくる恐怖マンガはもう怖くて怖くて、ページを透かしてからではないと次のページがめくれないほどでした。あまりに人気で5、6人の仲良しでランドセルを背負ったまま下校途中に、一冊の別マを四方八方から引っ張り合いながら、まるで芝居の稽古のように、代わりばんこに台詞を読み上げながら帰宅したことを覚えています。

今度の映画は、女の子に取り憑いた悪魔祓いの話なのだそうです。前年にはノストラダムスの大予言も大流行していて、キリスト教的な怖さみたいなものが流行していました。「これはもう絶対に観たいよね」と盛り上がっていたある日、母がどこからか招待券だか前売り券だかを貰ってきました。今でもチケットに印刷された夜闇に浮かび上がる街灯と山高帽とコート姿の男性のシルエットが目に浮かんできます。

そして「エクソシスト」といえば、なんといってもあの美しくも不安げな音色が聴こえてきます。調べてみるとグロッケンシュピールというコンサート用の鉄琴で演奏された音楽だそうで、15/8拍子(7/8拍子と8/8拍子の繰返し)という特殊なリズムで奏でられています。私は、チケットに描かれたシルエットと、えもいわれぬ音楽とに魅了されて、映画に憧れを抱きつつ土曜日が来るのを心待ちにしていました。

土曜日の夜、少しおめかしをして新宿の映画館に連れて行って貰いました。場所は忘れもしない「新宿ピカデリー」。なんだか一流映画館に来たという感じでした。

けれども、実際の映画はとても怖くてスクリーンを直視できませんでした。指の隙間から目に飛び込んでくるのは、ガタガタ揺れるベッドや、飛び散る緑色の液体、そして特殊メイクで怖ろしい顔になっている主人公の女の子と、十字架をかざし聖水を振り撒きながら悪魔と闘う神父の姿でした。

「キリスト教徒じゃなくても充分怖いじゃない」と思いながら、とにかく映画が早く終わることだけを祈りました。あんなに楽しみにしていたのに、なんともいえない思いで映画館をあとにしました。

しかし、その日の楽しみは「エクソシスト」だけではありませんでした。実は、大評判になっているマクドナルドのハンバーガーを食べに連れて行ってもらうことになっていました。マクドナルドが日本に1号店を出店したのは、1971年7月20日のことなので、私はそれから3年後に初めてハンバーガーを食べたことになります。

まだ小学校に上がる前、テレビでポパイのマンガが放送されていて(当時アニメという言葉はなく、テレビで放映されていたのもすべてマンガと呼んでいました。いつからアニメという言葉を使い始めたのは定かではありませんが、大人になってからのことです)、ポパイは恋人のオリーブを助けに行く前にいつも缶詰のほうれん草を食べて、腕の筋肉がモリモリになってから駆けつけるのでしたが、このポパイの友人がいつもハンバーガーを片手に歩いていました。「このハンバーガーなるものは、一体全体どんなシロモノなのか」と子ども心に不思議に思っていました。どうやらサンドイッチとは形状は似ていても別物のようです。

その頃私の家の近くには、米軍基地もまだまだたくさんあって、(004.初めてのキッス)米軍相手のピザ屋さんや洋服屋さんなども点在していましたが、ハンバーガーは見たことがありませんでした。

いよいよマクドナルドに到着しました。当時新宿ピカデリーの近くのマクドナルドはカウンターだけの店舗で、テーブルやイスはありませんでした。立ち喰い方式というのも、ナウでヤングな雰囲気をかもしだしていました。そこで私は幼稚園の頃から知りたかったハンバーガーを初めて目にしました。

なるほど、サンドイッチとは大分違っていました。中に入っているピクルスはちょっと苦手でしたが、ま、なかなかの味でした。でもやっぱりこれならほうれん草を挟んだほうがおいしそうだと思いました。給食でコッペパンには慣れ親しんでいましたが、バンズというものを見たのはこの日が初めてでした。

エクソシストもマクドナルドのハンバーガーも、今思えば子どもだましのようなものでしたが、あの時は、熱に浮かされたというか魔法にかけられていたとでもいうか、あれほどワクワクした映画も食べ物も後にも先にもありませんでした。


<再録にあたって>
若い人と話していると「時々マクドナルドのハンバーガーやポテトフライが食べたくて仕方がないことがある」と聞き、私にはそういう欲求は起きないので、幼い時に何を食べたかによって味覚が決まるのかしらと思いました。

映画やハンバーガーでワクワクした中学生の頃がなつかしく思い出されます。



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