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一度は会社員になったほうがいい

「会社で身につく常識」は意外に重要

一度も会社に就職せずフリーライターになる人も、もちろん少なくない。学生からいきなりライターになったり、フリーター生活を続けるうちになんとなくフリーライターになったり(似たようなものだ)……というパターンである。
フリーになりたくてもなれない人たちに比べれば、恵まれているともいえる。
 
しかし、私はこういうストレートなコースはあまりおすすめしない。やはり、一度は会社員になったほうがいい。たとえ回り道のように見えても、会社勤めの経験は、フリーライターになってから必ず活きてくる。

あなたが社会人なら、大学生の礼儀知らず・非常識ぶりにムカついた経験が、一度はあるはずだ。しかし、それは仕方のないことなのである。礼儀や常識は、会社勤めで上司や先輩に怒鳴られたり注意されたりしながら「身体で覚える」ものなのだから……。
 
そして、会社勤めで否応なしに身につく社会常識やマナーは、じつはライターにとっても意外に重要だ。
たとえば、敬語の正しい使い方から、名刺交換のときの作法、どの席が「上座」にあたるかの見極めに至るまで、細かいマナーを熟知している必要がある。

「ライターって、そういうことを気にしなくてもいい仕事じゃないの?」と意外に思う向きもあろう。じつは私も、ライターになる前にはそう思っていた。じっさい、ライターや編集者はノーネクタイのカジュアルな服装で打ち合わせをしたりするから、そうしたイメージが増幅されがちだ。

だが、そうではない。じつはフリーライターこそ、紋切り型のマナーや常識が、他の職業にも増して要求される仕事なのだ。

なぜなら、取材などで会う相手とは一期一会である場合が多く、内面までは評価してもらえないからだ。
たとえば、取材の際に「どうぞ」と席をすすめられる前から上座にドカッと座ってしまうようなら、相手は「学生でもないのに礼儀をわきまえない馬鹿者」と見なすだろう。そして、そのマイナス・イメージが取材にも悪影響を及ぼすのである。あなたがたとえどんなに「いいヤツ」であろうと、そんな内面は相手には見えない。

フリーライターは「叱ってもらえない」

会社員なら、大切な外交の席でそんな無礼をしたら、同席した上司にあとできつく叱られるはずだ。
「君には上座もわからんのか?  学生気分でいてもらっちゃ困るよ!」
 と……。しかし、フリーライターは「叱ってもらえない」場合が多い。社外の人間はとかく叱りにくいものなのである。
だから、同行の編集者も「なんだコイツ、礼儀を知らねえなあ」と内心あきれるだけ。礼儀知らずのライターは礼儀知らずのままで年を取っていくことになる。

これは自戒も込めて言うのだが、ライターに限らず、会社勤めを経験せずにフリーランスになった人は、やはりどこか礼儀知らずであったり、非常識であったりする場合が少なくない(一般論である。例外も当然多い)。

「自戒も込めて」というのは、私自身、まともな就職の経験がないからだ(編プロに勤めたときには「アルバイト扱い」だった)。そのため、フリーになった当初には、いま思えば汗顔の至りの無礼な行動も、しょっちゅうしていた。
たとえば、取材中に何人かでタクシーに乗り合わせた際、最初に乗り込もうとして、同行の年長の編集者に叱られたことがある。
「○○先生(そのときのインタビューイ)に先に乗っていただくんだよ! 常識だろう!」

自動車ではドライバーの真後ろが「上席」であり、助手席がいちばんの「末席」(後部座席では真ん中が末席)――当時の私は、恥ずかしながらそんなことすら知らなかった。その編集者が叱ってくれなかったら、いまだに知らなかったかもしれない。

会社員の経験があれば、タクシーのどこが上席かくらい、知らないはずはない。しかし、フリーランサーにはそういうことを覚える機会がほとんどないのだ。
だから、社会常識をきちんと身につけるためにも、一度は会社員になってからフリーを目指すことをおすすめする。

会社は「人間関係の機微を学ぶ場」

「だけど、そんなのマナーの本でも一冊読んどけばすむことなんじゃないの? なにもそのために会社勤めまでしなくても・・・」
そんなふうに思う向きもあろう(たしかに、会社勤めの経験がないライターはせめて本からマナーを学んでおくべきだ)。
しかし、上座がどうの敬語がこうのというのは、わかりやすい例として挙げたにすぎない。
  
会社勤めをしなければわからないこと、身につかないことというのは、マナー以外にもたくさんある。
たとえば、「人間関係の機微」とでも言うべきものである。フリーになってからでは、人間関係の機微は学べない。なぜなら、フリーにとっての人間関係は会社員に比べればものすごーくお気楽なものであり、訓練にならないからだ。

会社は社会常識を身につける場であり、人間関係の機微を学ぶ場でもある。やはり、一度は会社員になったほうがいい。


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